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【世界大戦編】届く命令

 敵軍が動き始めた。


 西門から街の奥へ。


 無数の兵士たちが、まるで一つの生き物のように進んでくる。


「迎え撃て!」


 ヴァイスの声が響いた。


 サミエムも剣を握り直す。


 身体はまだ痛い。


 爆発の衝撃で足元も覚束ない。


 それでも、立たなければならなかった。


 敵兵が通りへ雪崩れ込んでくる。


 サミエムは先頭の兵士へ斬りかかった。


 剣と剣がぶつかる。


 押し込む。


 敵兵が後退する。


 その横から別の兵士が迫る。


 サミエムは身体を捻り、攻撃を躱した。


 だが。


「……っ!」


 敵兵の動きが、突然変わった。


 先ほどまで正面にいた兵士が、一斉に左右へ散った。


 中央が開く。


「何だ?」


 サミエムが目を見開く。


 次の瞬間。


 後方にいた兵士たちが、空いた中央を通って一気に前へ出てきた。


「押し込め!」


 ヴァイスが叫ぶ。


 こちらも迎え撃つ。


 敵を止める。


 押し返す。


 だが、敵の動きは止まらない。


「右だ!」


 誰かが叫ぶ。


 敵軍が右へ向きを変える。


「なら左を叩け!」


 ヴァイスが指示を飛ばす。


 こちらが左へ兵を回す。


 敵もそれに合わせるように動いた。


「……」


 サミエムは眉を寄せた。


 おかしい。


 さっきから敵軍は、ヴァイスの指示に反応しているわけではない。


 それなのに、こちらが戦場を動かすたびに、敵も同じように動いている。


「ヴァイス!」


「分かってる!」


 ヴァイスも気づいていた。


「こいつら……」


 その時だった。


 敵兵の一人が立ち止まった。


 肩が、ぴくりと動く。


 指先が震える。


 そして。


 首がゆっくりと右へ向いた。


「……?」


 本人が戸惑っている。


 何かを見つけたわけではない。


 誰かに呼ばれたわけでもない。


 ただ、身体だけが動いた。


 次の瞬間。


 その兵士は走り出した。


「そっちか!」


 周囲の兵士たちも一斉に動く。


「待て!」


 サミエムが追う。


 敵兵の群れは、街の中央へ向かっていた。


 そこには、以前ヴァイスたちが防衛に利用した円形広場がある。


「また広場か!」


 サミエムが叫ぶ。


 以前なら、そこへ誘い込めば勝てた。


 道を塞ぎ。


 建物の上から攻撃し。


 バリスタを撃ち込み。


 敵軍を一気に叩く。


 だが。


 今回は違った。


 敵兵たちは広場へ入る直前で、四方へ散った。


「なっ……!」


 サミエムが止まる。


 広場に入ったのは一部だけ。


 残りは周囲の路地へ。


 建物の裏へ。


 屋根へ。


 それぞれが別々の場所へ移動していく。


「俺達の罠を知っているのか?」


 ヴァイスが呟いた。


「違う」


 サミエムは敵兵の動きを追った。


「知ってるっていうより……」


 そこで言葉が止まる。


 敵兵の一人が、また肩を震わせた。


 そして別の方向へ走る。


「……合図に反応してる」


 ヴァイスの目が細くなる。


 敵軍は、こちらの罠を読んでいるのではない。


 敵兵一人一人が戦況を判断しているわけでもない。


 何かを受け取るたびに。


 身体が動いている。


「じゃあ、さっきの音は……」


 サミエムが空を見上げる。


 どこから聞こえたのか。


 分からない。


 ただ。


 音が鳴った後、敵軍の動きが変わった。


「探せ!」


 ヴァイスが叫んだ。


「何を?」


「敵の通信手段だ!」


 兵士たちが街を駆ける。


 建物の屋根。


 塔。


 路地。


 敵の後方。


 それらしいものを探す。


 しかし、何も見つからない。


 敵兵が持っているのは普通の武器だけだった。


 旗もない。


 大きな通信装置もない。


 目立つ伝令もいない。


「ヴァイス!」


 屋根の上から盗賊の一人が叫ぶ。


「何もねえ!」


「別の場所を探せ!」


「分かった!」


 男は屋根から飛び降りた。


 その瞬間。


 遠くで、また音が鳴った。


 短い。


 ほんの一瞬。


 それだけだった。


 だが。


 敵兵が動いた。


 そして。


 サミエムの隣にいた味方の兵士が、突然足を止めた。


「……?」


 サミエムが振り返る。


 男の身体が硬直している。


「どうした?」


「いや……」


 男は自分の手を見た。


「今……」


「何だ?」


「身体が、勝手に……」


 男の右手が震えた。


 だが、それだけだった。


「気のせいだろ」


 男は手を振る。


「大丈夫だ」


 サミエムは男を見つめた。


 そして、敵兵を見る。


 敵だけではない。


 今の自分たちにも、何かが起きている。


「……まさか」


 サミエムの背中に冷たいものが走った。


 敵の命令が。


 敵軍だけではなく。


 この街にいる誰かへ届いている?


 そう考えた瞬間。


「サミエム!」


 ヴァイスの声が響いた。


 敵兵が突っ込んでくる。


 サミエムは反射的に剣を振った。


 敵兵の剣を弾き飛ばす。


 さらに踏み込む。


 敵兵が倒れる。


 その瞬間、敵兵の指が僅かに動いた。


 サミエムはそれを見た。


 死にかけている。


 それでも。


 指だけが、何かを探すように動いている。


「……何をしてる?」


 サミエムが呟く。


 敵兵は答えない。


 代わりに。


 遠くから、また短い音が響いた。


 敵兵の指が止まった。


 そして。


 倒れていた身体が、ほんの僅かに起き上がろうとした。


「っ……!」


 サミエムは息を呑んだ。


 身体が先に動こうとしている。


 意思よりも。


 思考よりも。


 何かに反応している。


「こいつらは……」


 ヴァイスが敵兵を見下ろした。


「命令を聞いているんじゃない」


 サミエムが続ける。


「命令に……反応してる」


 まだ確信ではない。


 何が起きているのかも分からない。


 だが。


 今までとは違う恐怖があった。


 敵軍を倒せばいい。


 司令官を探せばいい。


 暗号を見つければいい。


 そう思っていた。


 しかし。


 もし敵の命令が、言葉として伝えられているのではないのなら。


 もし、兵士自身がそれを理解する必要すらないのなら。


「……司令官を見つけても、止められないかもしれない」


 ヴァイスが呟いた。


 サミエムは答えなかった。


 西門を見る。


 敵の戦略拠点。


 そこから、また兵士たちが街へ流れ込んでくる。


 誰も命令を叫ばない。


 誰も旗を掲げない。


 それでも全員が同じ方向へ進んでいく。


 そして、その動きの一つ一つに。


 見えない何かが存在している。


「……まずいな」


 ヴァイスが剣を構える。


「何が?」


「俺達は敵の司令官を探している」


 ヴァイスは敵軍を睨んだ。


「だが、本当に探すべきなのは――司令官じゃないのかもしれない」


 その言葉の意味を。


 サミエムはまだ理解できなかった。


 ただ。


 遠くで再び音が鳴った。


 敵軍が一斉に振り向く。


 その動きは、あまりにも揃っていた。


 まるで。


 誰かが、見えない糸を引いたように。

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