【世界大戦編】勝てる戦い、負ける戦争
西門が落ちた。
それを知った時、サミエムは自分の耳を疑った。
「……西門が?」
「完全に占拠された」
ヴァイスの返答は短かった。
つい先ほどまで、街の各所では敵を押し返していた。
盗賊たちは敵から奪った武器を手に、建物の陰から飛び出しては敵陣を掻き乱した。
傭兵たちは危険な場所には長居せず、自分が生き残れる位置へと移動しながら敵を削っていた。
誰もが自分のやり方で戦っていた。
それでも、戦況は確かにこちらへ傾いていた。
なのに。
「西門だけは、取られたままか」
ヴァイスが城壁の上から西を見た。
街の西側。
そこには敵軍が築いた防衛線があった。
門を抜けた先には兵士たちが集まり、周囲の建物まで利用している。
もはや、ただの突破口ではない。
敵にとっての拠点になっていた。
「取り返す」
ヴァイスが言った。
迷いはなかった。
「今ならいける」
サミエムも頷いた。
西門以外では、敵の動きが鈍っている。
ならば、ここを奪い返せばいい。
ヴァイスはすぐに兵を集めた。
「西門を奪還するぞ!」
返事は様々だった。
「了解!」
「俺は右から行く!」
「俺は屋根から回る!」
「正面は危ねえ。裏から入った方が生き残れる!」
それぞれが自分の判断で動き始める。
サミエムもその中へ飛び込んだ。
西門へ続く通りを駆ける。
敵兵が現れる。
サミエムが斬り伏せる。
横から別の敵が現れる。
だが、建物の屋根から盗賊が飛び降り、その兵士の武器を奪った。
「その剣、もらうぜ!」
「こっちだ!」
別の場所では傭兵が敵の攻撃を避けるために路地へ逃げ込み、そこから敵の側面を突いている。
戦いは激しかった。
だが、押している。
明らかに。
「いける……!」
サミエムは西門を見た。
門まであと少し。
敵兵を倒し、道を切り開く。
その瞬間だった。
門の奥から大量の敵兵が現れた。
「来るぞ!」
サミエムが身構える。
敵兵が一斉に突撃してくる。
こちらも迎え撃つ。
盗賊が敵の槍を奪う。
傭兵が横へ逃げる。
魔法使いが建物の陰から魔法を放つ。
敵が倒れる。
また倒れる。
それでも西門の防衛線は崩れなかった。
「押し切れ!」
誰かが叫んだ。
サミエムも前へ出る。
敵兵を一人、二人、三人と倒す。
確実に数は減っている。
なのに。
西門の奥から、また兵士が出てくる。
「……まだいるのか」
サミエムが息を呑む。
敵の数が無限なわけではない。
倒せば減る。
負傷すれば下がる。
それは今までと同じだった。
ただ。
西門だけは、減った分を埋めるように兵が現れ続けている。
「ヴァイス!」
「分かってる!」
ヴァイスも前線に出た。
剣を振るう。
敵を吹き飛ばす。
そのまま門へ踏み込もうとする。
だが、敵は門の内側から押し返してくる。
「くそっ……!」
ヴァイスが舌打ちした。
その時、街の別の方向から声が上がった。
「東側、敵が引いたぞ!」
「北も押し返した!」
「南もだ!」
敵軍全体が押されている。
なのに。
西門だけは落ちない。
「……おかしい」
ヴァイスが呟いた。
サミエムも西門を見つめた。
戦況だけを見れば、こちらが勝っている。
敵軍を押し返している。
街の中で敵を追い詰めている。
なのに、一番重要な場所だけが取れない。
そして、その事実が戦況全体を変えていた。
西門から敵は次々と兵を送り込める。
傷ついた兵士を後方へ下げることもできる。
物資を運び込むこともできる。
何より、街の中へ攻撃を仕掛けるための足場を確保している。
西門はもう、門ではない。
敵の戦略拠点だ。
「……俺達、戦いには勝ってるな」
サミエムが言った。
ヴァイスは答えなかった。
「でも、戦争には勝ててない」
その言葉に、ヴァイスの表情が変わった。
自分たちの戦い方。
それぞれが自分の生き残れる方法で戦う。
盗賊は敵の武器を奪う。
傭兵は危険を避ける。
誰かは屋根へ上がり、誰かは路地へ潜り、誰かは敵の背後へ回る。
それによって、確かに敵を圧倒できた。
だが。
「西門を奪い返す」
その目的だけは、全員に共有されていなかった。
西門へ向かった者もいる。
敵を倒すことを優先した者もいる。
自分が危険になったから別の場所へ移った者もいる。
誰も間違ってはいない。
誰も怠けてはいない。
それでも、戦場全体を一つの方向へ動かすことはできていなかった。
「……強いだけじゃ、足りないのか」
ヴァイスが呟いた。
サミエムは何も言えなかった。
その時。
「捕虜を連れてきました!」
兵士の声が響いた。
数人の敵兵が連れてこられる。
いずれも戦闘で負傷し、武器を失っていた。
ヴァイスはその一人の前に立った。
「お前たちの指揮官は誰だ?」
兵士は黙っている。
「西門を守れと命令したのは誰だ?」
「……分かりません」
ヴァイスの眉が動いた。
「何?」
「誰に命令されたのかは、分かりません」
「じゃあ、なぜ西門を守った?」
兵士は少しだけ困ったような顔をした。
「……西門を守るものだからです」
「誰が決めた?」
「分かりません」
ヴァイスは別の兵士を見る。
「お前は?」
「同じです」
「誰から命令された?」
「……知りません」
「では、なぜここにいる?」
兵士は答えた。
「みんなが、ここにいるからです」
サミエムの背中に、嫌な寒気が走った。
「……他の場所から命令を受けた可能性は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
兵士は嘘をついているようには見えなかった。
ヴァイスはさらに別の捕虜へ尋ねた。
結果は同じだった。
誰も司令官を知らない。
誰も西門を守れという命令を受けた人物を知らない。
それでも。
西門には敵兵がいる。
そして彼らは、そこを守り続けている。
「……」
ヴァイスは西門を見た。
その向こうでは、敵兵がこちらを見ている。
誰かが号令を出している様子はない。
旗が振られるわけでもない。
指揮官が姿を見せるわけでもない。
それでも、兵士たちは同じ場所に集まり、同じように戦っている。
「司令官が……いない?」
サミエムが呟いた。
ヴァイスは答えなかった。
分からない。
それだけだった。
捕虜を何人捕まえても。
誰に聞いても。
答えは変わらない。
誰も知らない。
なのに敵軍は、確かに動いている。
そして西門は、未だ敵の手にある。
ヴァイスは拳を握った。
「……まずは西門を取り返す」
その言葉に、サミエムが頷く。
司令官が誰なのか。
なぜ誰も知らないのか。
それは今は分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
敵は、こちらが個々の力で戦況をひっくり返したことを知っている。
それでも西門を手放さなかった。
そこには、まだ何かがある。
街の西側。
敵が築いた新たな拠点。
その向こうにいる、姿の見えない何か。
サミエムは西門を見つめた。
戦況は盛り返した。
それなのに。
戦場は、以前よりもずっと不気味になっていた。




