【世界大戦編】同じ戦場
俺達は街の奥まで下がっていた。
円形広場を奪われた。
路地も、屋根も。
これまで防衛に使ってきた場所が、一つずつ敵の手に落ちている。
「まだ終わってない」
ヴァイスが剣を握る。
「この先にも防衛線はある」
俺は頷いた。
街の奥。
そこには、城へ続く最後の大通りがある。
道幅は広い。
だが、左右には高い建物が並んでいる。
屋根から攻撃できる。
路地から挟み撃ちにもできる。
まだ戦える。
「来たぞ!」
敵軍が姿を現した。
俺は剣を構える。
「撃て!」
屋根の上から矢が降る。
魔法が炸裂する。
先頭の敵兵が倒れた。
「今だ!」
俺達が一斉に飛び出す。
敵兵を押し返す。
斬る。
倒す。
また一人。
さらに一人。
敵軍が後退する。
「押せ!」
ヴァイスの声が響いた。
俺も前へ出る。
このまま押し返せる。
そう思った。
だが。
倒れた敵兵の一人が、ゆっくりと起き上がった。
「……!」
治癒魔法。
身体から光が溢れている。
傷口が塞がっていく。
完全ではない。
立っていることすら辛そうだ。
それでも。
兵士は剣を拾った。
そして。
何事もなかったかのように、戦列へ戻っていった。
「待て」
俺は思わず声をかけた。
兵士が止まる。
「お前、もう戦えないだろ」
「……戦えます」
「そんな身体で?」
「はい」
兵士は当然のように答えた。
「みんな、戦っていますから」
「……」
意味が分からなかった。
俺は周囲を見る。
別の兵士も倒れている。
治癒魔法を受けている。
立ち上がる。
隣の兵士も立ち上がる。
その隣も。
一人が立てば、また一人。
まるで。
それが当たり前であるかのように。
「お前……怖くないのか?」
俺が聞いた。
兵士は首を傾げた。
「何がですか?」
「死ぬことだ」
「……?」
本当に分かっていない。
「ここで戦えば、死ぬかもしれない」
「はい」
「なら、逃げればいい」
その言葉を口にした瞬間。
兵士の表情が変わった。
怯えた。
俺に向けてではない。
その言葉そのものに。
「……逃げる?」
「そうだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
俺は言葉に詰まった。
逃げたいと思う。
生きたいと思う。
怖いと思う。
それは普通のことだ。
だが。
この兵士には、その考え自体がない。
「みんなが戦っているのに、自分だけ逃げるんですか?」
「……そうだ」
「それは……駄目です」
兵士が首を横に振る。
「みんなと違うことをしたら、殺されます」
俺の背筋が冷えた。
「誰に?」
「……」
兵士は答えなかった。
ただ、周囲を見る。
隣にいる兵士を見る。
その兵士もこちらを見ていた。
「みんなと同じなら、大丈夫です」
静かな声だった。
信じ切っている。
「だから戦います」
その瞬間。
後ろから声が飛んだ。
「立て!」
倒れていた兵士へ向けた声だった。
「みんな立っている!」
倒れていた兵士が、震える腕で身体を起こす。
「立て!」
「……はい」
また立つ。
治癒魔法がかかる。
そして。
全員が同じ方向を向いた。
「……なんだよ、これ」
俺は呟いた。
誰かに命令されているわけじゃない。
誰か一人が指示を出しているわけでもない。
それなのに。
全員が同じ動きをする。
一人が剣を構える。
隣も構える。
一人が前へ出る。
隣も前へ出る。
誰かが倒れる。
治癒魔法を受ける。
そしてまた立つ。
同じ。
全員が。
同じ。
「サミエム!」
ヴァイスの声が響いた。
俺は振り返る。
ヴァイスは敵軍を見つめていた。
「下がれ!」
敵軍が一斉に突っ込んでくる。
俺達も迎え撃つ。
剣がぶつかる。
魔法が飛ぶ。
敵兵を倒す。
だが。
すぐに別の兵士が同じ動きで前へ出てくる。
まるで、一人が倒れたことなど最初から存在しなかったかのように。
「くそっ!」
俺は敵兵を弾き飛ばした。
その瞬間。
横にいた敵兵が同じ角度から斬りかかってくる。
避ける。
さらに後ろから別の敵兵。
受ける。
また別の兵士。
同じ。
同じ。
同じ。
敵軍の一人一人は違うはずなのに。
戦場にいる彼らは、まるで一つの巨大な生き物だった。
俺は一度、後ろへ飛んだ。
「……おかしい」
ヴァイスが呟く。
その目は敵軍から離れない。
「忠誠心じゃない」
「……え?」
「こいつらは、俺達を憎んでいるわけでもない」
ヴァイスが一人の敵兵を見る。
その兵士は傷だらけだった。
それでも立っている。
隣の兵士が倒れる。
治癒魔法が飛ぶ。
立ち上がる。
また戦列へ戻る。
「命令されているわけでもない」
ヴァイスの声が低くなる。
「なのに、誰も逃げない」
俺は敵兵へ目を向けた。
「……みんなと同じだから」
さっきの兵士の言葉が蘇る。
俺は拳を握った。
「自分で戦ってるんじゃない」
ヴァイスが言った。
「……」
「こいつらは」
剣を構える。
「自分で考えることそのものを、奪われている」
その言葉と同時に。
敵軍がまた一斉に前へ出た。
誰かが命令したわけではない。
誰かが合図したわけでもない。
ただ。
一人が動いたから。
隣も動く。
その隣も動く。
全員が動く。
同じ速度で。
同じ方向へ。
同じように。
俺は剣を握り直した。
目の前にいるのは、ただの敵軍じゃない。
戦うことを選んだ人間達でもない。
――戦わないという選択肢を、最初から持たされていない人間達だった。




