【世界大戦編】勝利の街
北側から鳴り響いた角笛が、街中へと広がっていく。
俺は屋根の上から、その音の方向を見た。
「来るぞ」
ヴァイスが言う。
俺は剣を握り直した。
さっきの戦いで、敵は東側から侵入した。
だが、今度は北側。
同じ場所から攻め続ければ、こちらに対応されると分かっているらしい。
北の大通り。
そこへ敵軍が姿を現した。
盾を並べて進んでくる。
先頭には重装兵。
その後ろには槍兵。
さらに後方には魔法兵。
整った隊列だった。
「正面から来るか」
俺が呟く。
「いや」
ヴァイスが首を横に振る。
「正面だけじゃない」
その言葉と同時に、別の場所から角笛が鳴った。
北東。
さらに北西。
敵軍が複数の方向から街へ入り始めていた。
「分散させるつもりか」
「そうだろうな」
ヴァイスが街を見渡す。
「なら、こっちも分ける」
指示が飛ぶ。
防衛兵達がそれぞれの持ち場へ散っていく。
俺も北側へ向かった。
屋根の上を走る。
建物から建物へ。
下では敵軍が進んでいる。
地上では敵が大通りを進み、屋根の上では俺達がそれを追う。
奇妙な光景だった。
だが、この街ではそれが普通になりつつある。
「敵が広場へ向かってる!」
下から声が響いた。
俺は屋根の端から身を乗り出した。
確かに敵軍が、中央広場へ向かっている。
「また広場か?」
「違う!」
ヴァイスが叫ぶ。
「今回は広場を抜けるつもりだ!」
敵軍は円形広場へ入る。
だが、前回とは違った。
敵は中央まで進まず、周囲の建物に沿って移動している。
広場の罠を警戒している。
「考えてきたな」
俺は笑った。
「なら、こっちも変えるだけだ」
ヴァイスが手を上げる。
「第二門を開けろ!」
防衛兵が動く。
広場の奥にある建物の扉が開いた。
そこから別の道が現れる。
敵軍がそちらへ進む。
その先は狭い路地だった。
「誘導してるのか?」
「そうだ」
ヴァイスが答える。
「だが、今回は広場を使わない」
敵軍が路地へ入る。
先頭が通り抜ける。
その瞬間。
「今だ!」
左右の建物から一斉に兵士が飛び出した。
「敵襲!」
敵兵が叫ぶ。
だが、遅い。
狭い路地では、敵軍は横へ広がれない。
前方には防衛兵。
後方には別の防衛兵。
さらに上から矢が降ってくる。
俺も屋根から飛び降りた。
「そこだ!」
剣を振る。
敵兵が倒れる。
別の敵が槍を突き出してくる。
俺は横へ避ける。
その槍を掴んで引っ張り、敵の体勢を崩す。
背後から防衛兵が斬り込んだ。
「押せ!」
防衛兵達が一斉に前へ出る。
敵軍が後退する。
だが、後ろにも味方がいる。
「退け!」
「後ろにもいるぞ!」
敵兵が混乱する。
俺達はそのまま敵を押し込んだ。
敵軍の隊列が崩れていく。
やがて先頭の兵士達が路地から逃げ出した。
「追うぞ!」
俺が叫ぶ。
だが。
「追わない!」
ヴァイスの声が飛ぶ。
俺は足を止めた。
「何でだ?」
「目的は敵を殺すことじゃない」
ヴァイスは路地の奥を見ている。
「街を守ることだ」
その言葉に、俺は頷いた。
敵を追って街の外へ出れば、今度はこちらが不利になる。
だからこそ。
この街の中で戦う。
俺達は路地を塞いだ。
敵軍は、また一つの区画から追い出された。
それからも戦いは続いた。
東側。
北側。
南側。
敵が進むたびに、こちらは別の場所から現れる。
広場。
路地。
屋根。
建物の中。
街の至る所で、小さな戦いが起こっていた。
だが、その一つ一つで防衛側が敵を押し返していく。
俺は何度も屋根を走った。
何度も剣を振った。
そして。
いつしか、敵軍の声が減っていた。
「……静かになったな」
俺が呟く。
ヴァイスも周囲を見る。
「敵が下がった」
街の外へ続く道。
そこから敵兵達が撤退していくのが見えた。
防衛兵達から歓声が上がる。
「やったぞ!」
「敵が逃げていく!」
「勝った!」
街中に声が広がる。
俺は剣を下ろした。
息を吐く。
ここまで何度も攻め込まれた。
城壁を破られた。
門も失った。
それでも。
敵は街の中心へ到達できなかった。
むしろ。
街へ入ってきた敵を、俺達は何度も押し返した。
「ヴァイス」
「ああ」
「俺達……勝ったんじゃないか?」
ヴァイスはしばらく黙っていた。
そして、街を見渡す。
破壊された門。
傷ついた建物。
崩れた壁。
それでも立っている防衛兵達。
「今日の戦いならな」
ヴァイスが答えた。
「今日の戦いなら、俺達の勝ちだ」
その言葉を聞いた瞬間。
街中から歓声が上がった。
俺も笑った。
勝った。
そう思った。
だが。
ヴァイスだけは、笑っていなかった。
「どうした?」
俺が聞く。
「……まだ、終わっていない」
ヴァイスは街の外を見ていた。
そこには、撤退していくヴェルディア軍。
そして。
そのさらに向こう。
街を取り囲むように並ぶ、無数の敵兵。
撤退している。
だが、帰っているわけじゃない。
包囲は続いている。
「休めるのか?」
「少しだけな」
ヴァイスが答える。
「敵も今日の戦いで消耗した」
俺は頷いた。
街を見渡す。
兵士達が負傷者を運んでいる。
壊れた建物を確認している。
バリスタの再装填を始めている。
屋根の上では弓兵が矢を補充している。
誰もが次の戦いへ備えている。
勝った。
けれど。
戦争は終わっていない。
「サミエム」
「ん?」
ヴァイスが俺を見る。
「次に来る敵は、今日と同じとは限らない」
「……ああ」
俺も街の外を見る。
敵軍はまだそこにいる。
城塞都市は、まだ落ちていない。
そして俺達も。
まだ倒れてはいない。
「なら、次も守るだけだ」
俺は剣を鞘へ収めた。
その瞬間。
遠くから、再び角笛が鳴った。
まだ撤退したばかりだというのに。
その音は、街を包囲する敵陣の奥から響いていた。
俺は振り返る。
ヴァイスも同じ方向を見ている。
歓声に包まれていた街が、静かになった。
「……早いな」
ヴァイスが呟く。
俺は剣の柄に手を置いた。
勝利の余韻は、長く続かなかった。




