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【世界大戦編】屋根の上の戦場

 街の東側から、再び敵軍の声が響いていた。


 遠くで鳴る角笛。


 続いて、重い足音。


 ヴェルディア軍が戻ってきた。


 俺は建物の屋上から、通りの向こうを見下ろしていた。


 眼下では、防衛兵達が武器を構えている。


 先ほどの戦闘で、敵軍は円形広場へ誘い込まれた。


 そこから追い出すことには成功した。


 だが、敵は街の外へ逃げたわけではない。


 城塞都市を取り囲むように陣を敷き、別の入り口から再び侵入してきたのだ。


「今度は広場を避けてくるか」


 俺の隣で、ヴァイスが呟いた。


 東側の大通り。


 そこには敵兵が列を作って進んでいる。


 盾を構えた歩兵。


 その後ろには槍兵。


 さらに後方には魔法兵。


 先ほどと同じような編成だった。


 ただし、今度は進む方向が違う。


 円形広場へ向かわず、街の外周に沿って進軍している。


「広場に入れば、また同じ目に遭うと考えたんだろうな」


「なら、別の場所で迎え撃つ」


 ヴァイスはそう言うと、通りの先へ視線を向けた。


「第一班、東通りを封鎖!」


「了解!」


「第二班は南の路地へ!」


「了解!」


「魔法兵は屋上へ上がれ!」


 指示が次々と飛ぶ。


 防衛兵達は迷わず動き出した。


 通りの途中に置かれていた荷車が、数人の兵士によって押し出される。


 木材や石材が積まれた荷車が横倒しにされ、道を塞いだ。


 その後ろへ盾を持った兵士達が並ぶ。


 正面から敵を止めるための防衛線。


 俺はその様子を見ていた。


「俺はどこへ行けばいい?」


「屋根の上だ」


「屋根?」


「この街では、地上だけが道じゃない」


 ヴァイスが建物の上を指差した。


 屋根と屋根の間。


 そこには細い板張りの通路が渡されていた。


 建物の壁面に沿って設置された階段。


 隣の家へ渡るための橋。


 さらにその先には、屋根の上を繋ぐ足場が続いている。


 俺は目を細めた。


「こんなものがあったのか」


「街を守るために作られたものだ。普段は荷物を運ぶためにも使われている」


「便利だな」


「戦争になれば、もっと便利になる」


 ヴァイスはそう言って、屋根の端へ歩いていく。


「敵が大通りを進んでいる間に、俺達は別の道から回る」


「上から攻撃するのか?」


「それだけじゃない」


 ヴァイスが手を上げた。


 すると、別の建物の屋上から防衛兵が姿を現した。


 さらにその奥。


 離れた屋根の上にも兵士がいる。


 街のあちこちに、人が配置されていた。


「敵がどこを進んでも、こちらは横から動ける」


「地上の兵士が敵を止めている間に、屋根の上から回り込む」


「そういうことだ」


 ヴァイスは短く答えた。


 その時、東通りから怒号が響いた。


「敵が来たぞ!」


 敵軍が荷車の防衛線へ迫っていた。


 盾を構えた兵士達が、ゆっくりと前へ出てくる。


 防衛兵達も盾を構えた。


 衝突。


 鈍い音が通りに響く。


 槍が突き出され、剣が振られる。


 敵軍は数に任せて押し込もうとしていた。


 だが、道が狭い。


 一度に前へ出られる兵士の数が限られている。


 後方の兵士達は、前の仲間が進むのを待つしかない。


「今だ」


 ヴァイスが言った。


 俺達は屋根の上を走り出した。


 足場を踏み、板張りの通路を駆ける。


 建物の端まで来たところで、俺は下を見た。


 敵兵が防衛線へ集中している。


 誰もこちらを見ていない。


「行くぞ!」


 俺は屋根から飛び降りた。


 敵兵の背後へ着地する。


「なっ――!」


 敵兵が振り返る。


 その前に、俺の剣が走った。


 一人を倒す。


 横から別の敵兵が槍を振る。


 身を低くしてかわし、その懐へ踏み込む。


 剣を返す。


 敵兵が倒れた。


「後ろだ!」


 敵兵の叫び声が上がる。


 その声を聞きつけ、周囲の兵士達が振り返った。


 だが、俺だけではない。


 別の屋根から、防衛兵達が次々と降りてくる。


 敵軍の後方へ。


 側面へ。


 建物の影から。


 地上で戦っていた防衛兵達も、一気に前へ出た。


「押し込め!」


「敵を分断する!」


 敵軍の列が崩れた。


 前方では防衛線が敵を止めている。


 後方では俺達が攻撃している。


 敵兵達は前にも後ろにも進めなくなった。


「下がれ!」


「隊列を整えろ!」


 敵の指揮官らしき男が叫ぶ。


 だが、声が届かない。


 狭い通りの中で兵士達がぶつかり合い、動きが止まっている。


 俺は剣を振りながら、敵の列を押し崩していった。


 目の前の敵を倒す。


 その横を味方が抜ける。


 別の敵がこちらへ向かう。


 その背後から、屋根の上にいた弓兵が矢を放つ。


 敵兵が足を止めた。


 その隙に、俺は踏み込む。


「そこだ!」


 敵軍が少しずつ後退していく。


 その時、通りの奥から魔法が飛んできた。


「伏せろ!」


 ヴァイスの声。


 俺はとっさに横へ飛んだ。


 炎の塊が通りを駆け抜け、敵味方の間に着弾する。


 爆風で瓦礫が舞い上がった。


「敵の魔法兵か!」


 俺は顔を上げた。


 通りの奥。


 敵の魔法兵達が、こちらへ向けて杖を構えている。


 その周囲を盾兵が守っていた。


「屋上へ!」


 ヴァイスが叫ぶ。


 俺達は再び建物へ駆け込んだ。


 階段を上がり、屋根へ出る。


 敵の魔法兵達がこちらに気づいた。


「撃て!」


 炎と雷が飛んでくる。


 俺は屋根の上を走った。


 足元の瓦が砕ける。


 横を炎が通り過ぎる。


 そのまま屋根の端まで走り、隣の建物へ飛び移った。


 防衛兵達も続く。


 敵の魔法が屋根を削っていく。


 だが、俺達は止まらない。


「右から回れ!」


 ヴァイスの指示が飛ぶ。


 別の屋根から兵士達が敵の魔法兵へ向かっていく。


 正面からではない。


 側面から。


 さらに背後から。


 魔法兵を守っていた盾兵が振り返る。


 その隙に、別の防衛兵が斬り込んだ。


 魔法兵達の隊列が崩れる。


「魔法兵を止めろ!」


 俺は屋根から飛び降りた。


 敵の魔法兵の前へ着地する。


 杖が振り下ろされる。


 俺は剣で受け流し、敵の懐へ入った。


 柄で腹を打つ。


 敵が崩れた。


 隣の魔法兵が呪文を唱え始める。


 俺は一歩踏み込み、剣を振る。


 杖が弾き飛ばされた。


「これで終わりだ!」


 敵の魔法兵が倒れる。


 周囲でも、同じように戦いが進んでいた。


 敵軍の攻撃は止まり始めている。


 大通りの防衛線が押し返していた。


 屋根の上からの攻撃で、敵の後方も崩れている。


 ヴェルディア軍は、街の中で大きく分断されていた。


「敵が退くぞ!」


 通りの向こうから声が上がる。


 見ると、敵兵達が少しずつ後退していた。


 防衛兵達は追撃しようとする。


 だが、ヴァイスが手を上げた。


「深追いするな!」


 兵士達が足を止める。


 敵軍は街の外へ向かっていった。


 その姿が見えなくなるまで、俺達は武器を下ろさなかった。


 しばらくして。


 通りに静けさが戻った。


 俺は荒い息を吐きながら、屋根の上を見渡した。


 屋根から屋根へ。


 建物から建物へ。


 さっきまで敵が進んでいた街の中を、俺達は自由に動き回っていた。


 地上の敵は、上からの攻撃に対応できなかった。


 正面の防衛線だけを見ていた敵軍は、側面と背後から崩された。


「……また押し返したな」


 俺が言うと、ヴァイスは屋根の端から街を見下ろした。


「ああ」


「城壁を破られても、まだ戦える」


「城壁を破っただけで、街を落としたつもりになるからだ」


 ヴァイスはそう言った。


「街には道がある。建物がある。広場がある。屋根がある」


 彼は周囲を見渡す。


「敵が地上を進むなら、俺達は上を進む。敵が大通りを選ぶなら、俺達は路地を使う」


「敵が広場を避けるなら?」


「別の場所へ誘導する」


 ヴァイスは淡々と答えた。


「この街に、戦う場所は一つしかないわけじゃない」


 俺は眼下の通りを見た。


 敵軍が進んできた道。


 防衛兵達が守った道。


 屋根の上に設置された足場。


 建物の間を繋ぐ通路。


 街全体が、俺達の移動を支えている。


 城壁を失った。


 門も破られた。


 それでも、戦場はまだ俺達の手の中にあった。


「サミエム」


 ヴァイスが呼ぶ。


「何だ?」


「休んでいる暇はない」


 彼は街の北側へ目を向けた。


「敵はまだ包囲を解いていない。次は別の場所から来る」


「なら、また迎え撃てばいい」


「そう簡単にはいかない」


 ヴァイスの声が少しだけ低くなる。


「敵も、少しずつ街の構造を覚えている」


 俺は剣を握り直した。


 確かに。


 さっきまでの敵軍は、街の中を知らなかった。


 だが、戦いを重ねれば、こちらの防衛方法も知られていく。


 同じ手が何度も通じるとは限らない。


「次は、もっと面倒になるな」


「ああ」


 ヴァイスが笑った。


「だからこそ、面白い」


 遠くで、再び角笛が鳴った。


 街の北側。


 敵軍が動き始めた。


 俺は屋根の上から立ち上がる。


 まだ戦いは続いている。


 だが、今のところ。


 この街は、俺達の手の中にあった。

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