【世界大戦編】西の城塞都市
西へ向かう。
あの城塞都市へ。
ラクスウェルを出てから、俺は一人で歩いていた。
今回の任務に、灰崎はいない。
あいつは別の戦場へ向かった。
俺が向かうのは、ヴァイスのいる西の城塞都市。
そして――嫉妬帝ヴェルディアを迎え撃つ場所だ。
山道を進む。
見慣れた景色が少しずつ近づいてくる。
以前、この道を通った時は、ただヴァイスに会うためだった。
西の有力者を仲間にする。
それが俺の任務だった。
今は違う。
あの城塞都市そのものが、戦争の舞台になる。
遠くに巨大な城壁が見えた。
山と山の間に築かれた、古い城塞。
左右に伸びた城壁は山肌へ食い込み、正面には巨大な門がある。
遠くから見ても分かる。
あそこは、攻める場所ではない。
守るための場所だ。
俺は足を止めた。
平地なら、敵の姿を見つければ互いに距離を詰め、正面からぶつかる。
強い奴が強い力を振るえば、それだけで戦況を変えられる。
だが、城塞では違う。
高い城壁がある。
門がある。
階段がある。
狭い通路がある。
敵が一人ずつしか通れない場所なら、十人の敵を相手にする必要はない。
逆に、門を破られれば。
城壁を越えられれば。
今度は俺達が狭い場所へ追い込まれる。
戦う場所そのものが、戦力になる。
「……なるほど」
思わず呟いた。
戦争というものを、少しだけ理解した気がした。
強い奴がいる。
それだけでは勝てない。
どこで戦うか。
どう戦うか。
誰がどこにいるか。
それら全てが重要になる。
城塞都市へ近づく。
城壁の上に人影が見えた。
以前とは違う。
人が増えている。
武器を持った者達が城壁の上を行き来している。
弓を持つ者。
槍を持つ者。
剣を持つ者。
魔法を使う者。
装備は統一されていない。
だが、動きには統一感があった。
城壁の上で、誰かが手を上げる。
それを見た別の者が動く。
その先で別の人間が何かを叫ぶ。
そして、また別の場所が動く。
以前、ヴァイスに鍛えられていた荒くれ者達だ。
俺は門へ近づいた。
「サミエム!」
声が飛んでくる。
見上げる。
城壁の上に、荒くれ者の一人がいた。
「戻ってきたのか!」
「ああ」
「待ってたぞ!」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
門が開く。
重い音が響いた。
中へ入る。
以前来た時と同じ街。
なのに、雰囲気はまるで違う。
街の中でも人が動いている。
武器を運ぶ者。
食料を運ぶ者。
傷薬を運ぶ者。
城壁へ向かう者。
そして、街の中央を走り抜けていく者。
誰もが忙しそうにしている。
戦争を迎える街。
俺はその光景を見ながら、城の方へ歩いた。
そこに。
ヴァイスがいた。
「来たか」
「ああ」
ヴァイスは腕を組んでいる。
以前と変わらない。
鋭い目。
腰の剣。
だが、今は城主として街全体を見ていた。
「戦況は?」
「まだ敵は見えていない」
「偵察は?」
「出している」
「街の守りは?」
「最低限は整えた」
ヴァイスが城壁の方を見る。
「問題は、相手がどう攻めてくるかだ」
「ヴェルディアか」
「ああ」
名前を出した瞬間。
周囲の空気が変わった。
荒くれ者達も黙る。
ヴェルディア。
帝王。
俺が戦う相手。
その名は、城壁の向こうにいるだけで街全体を重くするようだった。
「帝王が相手なら、城壁なんて意味がないんじゃないか?」
俺が言う。
ヴァイスは首を横に振った。
「そうとも限らない」
「……?」
「帝王が強いことと、軍勢が強いことは別だ」
ヴァイスは城壁を指差した。
「こっちは一人の敵を倒すために、街全体を使える」
「向こうは?」
「攻めるために、こちらへ入ってこなければならない」
なるほど。
城壁。
門。
狭い道。
高低差。
守る側には使えるものが多い。
「だから、まず城壁で止める」
「ああ」
「それでも突破されたら?」
「次は街で止める」
「街まで突破されたら?」
「城で止める」
迷いがない。
「そして最後は?」
俺が聞く。
ヴァイスが俺を見る。
「俺達が戦う」
その言葉は簡単だった。
だが、重かった。
俺は城塞を見上げた。
ここには逃げ道が少ない。
だからこそ、守る側には覚悟が必要になる。
後ろに下がれば、守る場所が一つずつ減っていく。
城壁が落ちれば街へ。
街が落ちれば城へ。
城が落ちれば――。
終わりだ。
「サミエム」
「なんだ?」
「お前は帝王と戦う」
「ああ」
「城壁の上には上がるな」
「……分かった」
「お前の役目は、敵の軍勢を全部倒すことじゃない」
ヴァイスは俺を見る。
「ヴェルディアを止めることだ」
「……帝王だけを?」
「そうだ」
俺は剣を見る。
以前の俺なら、迷わず頷いていただろう。
目的は一つ。
それ以外は切り捨てる。
合理的に考えるなら、それが正しい。
だが。
今の俺は、少し違う。
「分かった」
それでも返事は変わらない。
ヴァイスが頷いた。
「なら、問題ない」
その時だった。
城壁の上から声が響いた。
「偵察隊が戻ったぞ!」
街中の空気が一瞬で変わる。
人々が城壁へ集まる。
俺とヴァイスも向かった。
階段を上る。
城壁の上へ出る。
山道の向こう。
遠くに、何かが見えた。
最初は小さかった。
黒い点。
一つ。
二つ。
十。
やがて、それが数え切れないほどの人影になっていく。
軍勢。
こちらへ向かっている。
「……来たな」
ヴァイスが呟いた。
俺は剣に手を置く。
遠くから、地面を踏み鳴らす音が聞こえてくる。
まだ遠い。
それでも分かる。
あれが、この街を落とすために来た軍勢だ。
城壁の上で、荒くれ者達が武器を構える。
誰も逃げない。
俺は周囲を見る。
ここにいる全員が、俺とは違う理由で戦っている。
この街を守るため。
仲間を守るため。
自分の居場所を守るため。
そして俺は。
ヴェルディアを止めるために、ここにいる。
遠くで軍勢が止まった。
その先頭に、一人の男が立っている。
姿までは、まだはっきり見えない。
だが。
俺には分かった。
あれが――。
嫉妬帝ヴェルディア。
城壁の上に、緊張が走る。
ヴァイスが剣を抜いた。
「全員、持ち場につけ」
荒くれ者達が動き出す。
「門を固めろ!」
「弓兵は上だ!」
「魔法組は待機!」
声が飛び交う。
俺も剣を抜いた。
平地ではない。
ここは城塞だ。
敵は正面から押し寄せてくる。
俺達は城壁の上から、それを迎え撃つ。
そして、この城壁が落ちた時。
戦場は街へ移る。
その先には、城がある。
俺は息を吐いた。
戦争が始まる。
今までの戦いとは違う。
一人で敵を倒せば終わる戦いではない。
誰かが城壁を守る。
誰かが門を守る。
誰かが街を守る。
そして俺は。
帝王を止める。
「……行くか」
俺は前を向いた。
遠くから、軍勢の足音が近づいてくる。
城塞都市の防衛戦が――始まった。




