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【暴食領平定編 西】 「天蓋の剛撃」

 剣が交差した。


 次の瞬間――俺の剣が弾かれた。


「――っ!」


 手から伝わる衝撃。


 剣を握る指が開きかける。


 まずい。


 そう思った時には、ヴァイスの剣が目の前にあった。


 避けられない。


 俺は咄嗟に身体を捻った。


 刃が肩を裂く。


「ぐっ……!」


 血が飛んだ。


 そのまま地面に膝をつく。


 荒くれ者達から声が上がった。


「サミエム!」


 俺は片膝をついたまま、呼吸を整える。


 負けた。


 そう思った。


 けれど――。


「立て」


 ヴァイスの声がした。


 顔を上げる。


 ヴァイスは剣を下ろしていた。


「……まだ、終わってない」


「え?」


「お前はまだ何かを隠しているだろう」


 心臓が跳ねた。


 俺は何も答えなかった。


 ただ、右手に力を込める。


 そうだ。


 まだ終われない。


 あの技を。


 ヘリオが最期に見せた、あの一撃を。


 俺は一度しか見ていない。


 だから、今まで何度やってもできなかった。


 魔力を重ねようとしても、崩れる。


 力を一つにまとめようとしても、制御できない。


 それでも――。


 俺は立ち上がった。


「……もう一度、やります」


 ヴァイスが構える。


「来い」


 俺も剣を構えた。


 踏み込む。


 ヴァイスの剣が飛んでくる。


 受ける。


 弾かれる。


 斬る。


 避けられる。


 魔法を放つ。


 ヴァイスが斬り裂く。


 身体が限界に近づいていく。


 それでも俺は、隙を探していた。


 違う。


 隙を探しているんじゃない。


 あの一撃を撃つ瞬間を。


 魔力を集める。


 失敗。


 もう一度。


 失敗。


「くそっ……!」


 ヴァイスの拳が腹に入った。


「がっ……!」


 吹き飛ぶ。


 地面を転がる。


 肺から空気が抜ける。


 それでも立つ。


 もう一度。


 魔力を集中する。


 今までとは違う。


 何かが噛み合いそうな感覚。


 だが――。


 崩れた。


「……っ!」


 また失敗。


 ヴァイスが迫る。


 俺は剣で受ける。


 重い。


 腕が震える。


 足が沈む。


 それでも退かない。


 その瞬間だった。


 ヘリオの姿が浮かんだ。


 最後に見せてくれた、あの技。


 俺はあの時、何を見ていた?


 力だけじゃない。


 ただ魔力を重ねていたわけでもない。


 もっと――。


「……そうか」


 小さく呟く。


 俺はずっと、技だけを真似しようとしていた。


 だからできなかった。


 ヘリオが何を思っていたのか。


 何を背負っていたのか。


 それを知っている。


 俺自身にも、背負っているものがある。


 灰崎。


 兄さん。


 ヘリオ。


 そして――。


 ここで出会った荒くれ者達。


 俺は全部を捨てるために戦っているんじゃない。


 全部を抱えたまま、戦うためにここまで来た。


「……!」


 魔力が動いた。


 今までと違う。


 崩れない。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 自分の中にある力が重なっていく。


 ヴァイスが目を見開いた。


「……それは」


 俺は答えない。


 答える余裕なんてない。


 魔力が膨れ上がる。


 身体が軋む。


 制御できない。


 それでも――。


「止まれ……!」


 押さえ込む。


 暴れる力を一つずつ繋いでいく。


 まだ足りない。


 もっと。


 もっとだ。


 失敗したら終わる。


 それでも。


 今度だけは――。


「俺は……!」


 力を込める。


 魔力が一点へ集まった。


「これを……!」


 剣を握る。


 ヴァイスが構える。


 その顔から、余裕が消えた。


「来い!」


 俺は地面を蹴った。


 全てを込める。


 力も。


 技術も。


 記憶も。


 感情も。


 迷いも。


 全部。


 全部、この一撃に。


「――オールエンチャント!」


 世界が揺れた。


 俺の剣を覆うように、幾重もの魔力が重なっていく。


 今まで何度試しても崩れていた力が、初めて一つになった。


 完成した。


 これが――。


 ヘリオが見せた力。


 そして。


 俺自身が掴んだ力。


「――天蓋の剛撃ッ!!」


 振り抜く。


 轟音。


 衝撃波が大地を抉った。


 ヴァイスが真正面から受ける。


「ぐっ……!」


 剣と剣がぶつかる。


 押し合う。


 ヴァイスの足が地面を削る。


 それでも退かない。


 俺も退かない。


「うおおおおおおっ!」


 身体中の力を絞り出す。


 ヴァイスが吠える。


「――まだだ!」


 さらに力を込める。


 だが、俺の剣が徐々に押し込まれていく。


 強い。


 やっぱり強い。


 それでも――。


 俺は諦めなかった。


 脳裏に浮かぶ。


 灰崎と過ごした時間。


 兄さんとの記憶。


 ヘリオの背中。


 そして、この場所で笑っている荒くれ者達。


 俺は一人じゃない。


 だからこそ。


 この一撃だけは――。


「負けるな……!」


 最後の力を振り絞る。


「俺は……俺のままで戦うんだッ!」


 魔力が爆発した。


 ヴァイスの剣が弾かれる。


「――!」


 その身体が後方へ吹き飛んだ。


 地面を何度も転がり、ようやく止まる。


 静寂。


 俺もその場に膝をついた。


 剣を握る力すら残っていない。


 荒くれ者達が息を呑んでいる。


 誰も声を出さない。


 やがて。


 ヴァイスが立ち上がった。


 傷だらけの身体。


 それでも、その目には怒りではなく――笑みがあった。


「……ようやく」


 ヴァイスが剣を収める。


「剣士になったな」


 俺は何も言えなかった。


 ただ、握った拳を見つめる。


 霊帝の抱擁は使っていない。


 それでも俺は、ここまで来られた。


 ヘリオの技を借りただけじゃない。


 俺自身の力として、掴んだ。


「……勝った、のか?」


 荒くれ者の一人が呟く。


 ヴァイスは振り返った。


「この都市の掟を知っているか?」


 俺は顔を上げる。


「……最強に従う」


「そうだ」


 ヴァイスは笑った。


「ならば、俺は約束を守る」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ようやく実感した。


 俺達は――。


 西の有力者、ヴァイスを仲間にしたのだ。

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