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【暴食領平定編 西】 「届かない一撃」

 地面を蹴る。


 ヴァイスとの距離を一気に詰め、剣を振り抜いた。


 鋭い一撃。


 だが、ヴァイスは僅かに身体を逸らしただけで避ける。


 そのまま剣が返ってくる。


「――っ!」


 咄嗟に剣を立てる。


 金属音が響いた。


 衝撃で腕が痺れる。


 押し返される。


 俺は数歩後退した。


「……強い。」


「今さらか?」


 ヴァイスが笑う。


 余裕がある。


 当然だ。


 霊帝の抱擁を捨てた今の俺では、以前のような力押しはできない。


 だが、それでも戦える。


 昨日までとは違う。


 迷ってもいい。


 恐れてもいい。


 その上で、自分で選ぶ。


 俺は再び構えた。


「行きます!」


 踏み込む。


 右。


 ヴァイスが受ける。


 左。


 避けられる。


 ならば下段。


 剣を振る。


 ヴァイスが跳ぶ。


 その着地点へ魔法を放った。


 爆発。


 砂煙が舞う。


「……!」


 見えない。


 だが、気配を感じた。


 後ろ。


 振り向く。


 遅い。


 腹に拳が入った。


「ぐっ……!」


 身体が折れる。


 続けざまに背中を蹴られ、地面を転がった。


「サミエム!」


 荒くれ者の一人が叫ぶ。


「来るな!」


 立ち上がる。


 口の中に血の味が広がっていた。


 俺は自分の手を見る。


 震えている。


 それでも、頭の中には別のものが浮かんでいた。


 ――あの技。


 ヘリオが最期に見せたもの。


 あの瞬間だけは、今でも鮮明に覚えている。


 魔力の流れ。


 重なった力。


 あの一撃。


 俺は、あれを一度しか見ていない。


 当然、同じことができる保証なんてない。


 それでも。


「……やるしかない。」


 剣を握る。


 魔力を集中させる。


 身体の中にある力を、一つにまとめる。


「――っ!」


 違う。


 崩れた。


 魔力が弾ける。


「何をしている?」


 ヴァイスが迫る。


 剣が振り下ろされる。


 俺は咄嗟に受けた。


 重い。


「ぐっ……!」


 押し込まれる。


 足が地面に沈む。


 そのまま蹴り飛ばされた。


 壁に背中を打ちつける。


「……くそっ!」


 失敗した。


 何が違う。


 あの時のヘリオは、どうやっていた?


 考える。


 だが、考えている暇なんてない。


 ヴァイスが来る。


 俺は壁を蹴って飛び出した。


 剣を振る。


 ヴァイスの剣とぶつかる。


 弾かれる。


 その瞬間、もう一度魔力を集めた。


 今度こそ。


「――っ!」


 魔力が膨れ上がる。


 いける。


 そう思った瞬間――。


 制御が崩れた。


「くっ……!」


 魔力が霧散する。


 ヴァイスの拳が頬を捉えた。


 視界が揺れる。


 足元がふらつく。


「まだだ……!」


 倒れない。


 剣を構える。


 何度でも。


 もう一度。


 魔力を練る。


 失敗。


 また試す。


 失敗。


 もう一度。


 失敗。


「……はぁ、はぁ……」


 息が上がる。


 身体中が痛い。


 魔力も消耗している。


 それでも、やめられない。


 あれを使えるようになれば。


 あの一撃を当てられれば。


 ヴァイスに届く。


 その確信だけはあった。


「諦めたらどうだ?」


 ヴァイスが言う。


「……嫌です。」


「何故だ?」


「分かりません。」


 本当に分からない。


 できるとも思えない。


 成功する保証なんてない。


 それでも。


 何故か、やめたくなかった。


 俺は再び魔力を集めた。


 今度は慎重に。


 一つ。


 そして、もう一つ。


 重ねる。


 ――駄目だ。


 崩れる。


「くっ……!」


 焦る。


 もっと速く。


 もっと正確に。


 そう思った瞬間、ヴァイスの剣が迫った。


 避ける。


 間に合わない。


 肩を斬られる。


「ぐあっ!」


 血が飛ぶ。


 それでも魔力を集める。


「まだ……!」


 剣を振る。


 ヴァイスが受ける。


 俺はそのまま魔力を込める。


 今度こそ――。


 だが。


 また崩れた。


「……っ。」


 何も残らなかった。


 俺は膝をついた。


 手に力が入らない。


 目の前が霞む。


 それでも、まだ終われない。


 ヘリオが最後に見せたあの技。


 俺は、確かに見た。


 ならば。


 いつかできるはずだ。


 いつか――。


「立て。」


 ヴァイスの声が聞こえた。


 俺は顔を上げる。


 ヴァイスが剣を構えている。


「まだ終わっていないだろう。」


「……はい。」


 立ち上がる。


 足が震える。


 それでも剣を握る。


 最後に一度。


 残った魔力を全て集める。


 身体の中で力が暴れる。


 掴めない。


 繋がらない。


 形にならない。


「……くそっ!」


 叫ぶ。


 それでも、手を伸ばす。


 あと少し。


 そう思った瞬間――。


 ヴァイスの剣が俺の身体を捉えた。


「――っ!」


 身体が吹き飛ぶ。


 地面を何度も転がり、止まった。


 静寂。


 俺は空を見上げた。


 できなかった。


 結局、一度も。


 あの技を形にすることすらできなかった。


 悔しい。


 情けない。


 それでも。


 俺は拳を握った。


「……次は。」


 声が掠れる。


「次は……できる。」


 ヴァイスは何も言わなかった。


 ただ、背を向ける。


 俺はその背中を見つめながら、もう一度だけ思い返していた。


 ヘリオが見せた、あの一撃を。


 今はまだ、届かない。


 だからこそ――。


 次は、必ず。

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