【暴食領平定編 西】 「不合理な力」
朝の訓練場。
いつもなら、荒くれ者達が各々の鍛錬に励んでいる時間だった。
だが今日は違う。
全員が中央に集められている。
その向かいには、ヴァイスが一人。
そして俺も、その場に立っていた。
「今日は全員で来い」
ヴァイスが言った。
「……全員?」
荒くれ者の一人が聞き返す。
「そうだ」
ヴァイスは剣を抜いた。
「俺一人で相手をする」
ざわめきが起きる。
当然だ。
数十人いる。
対して、ヴァイスは一人。
だが、誰も笑わなかった。
この男が何者なのかを、こいつらは知っている。
俺も知っている。
「サミエム」
「はい」
「お前も来い」
「分かりました」
俺は剣を抜いた。
同時に、霊帝の抱擁を発動する。
白銀の魔力が身体を包む。
力が満ちる。
思考が澄み渡る。
余計なものはない。
今なら勝てる。
そう思った。
「始めろ」
ヴァイスの声。
俺は地面を蹴った。
最初に狙うのは正面。
最短距離で接近し、首元へ剣を振る。
ヴァイスが受ける。
その瞬間、横から荒くれ者の斧が迫った。
ヴァイスが身を引く。
俺は追撃する。
だが――。
「邪魔だ!」
思わず叫んでいた。
荒くれ者が一瞬止まる。
その隙に、ヴァイスの剣が俺の肩を叩いた。
「ぐっ!」
後ろへ飛ばされる。
地面を踏みしめ、体勢を立て直す。
「何してやがる!」
荒くれ者が叫ぶ。
「俺が隙を作ったんだぞ!」
「必要ありません!」
俺は言い返した。
「俺一人で十分です!」
そう言って、再び踏み込んだ。
剣を振る。
魔法を放つ。
ヴァイスはそれらを全て捌いていく。
速い。
正確だ。
だが、以前とは違う。
俺は霊帝の抱擁を使っている。
身体能力も、判断速度も、以前とは比べ物にならない。
それでも届かない。
ヴァイスが俺の剣を弾く。
その瞬間、背後から盾が飛び込んできた。
「サミエム!」
盾がヴァイスの剣を受けた。
俺は反射的に横へ回り込む。
斬撃。
ヴァイスが避ける。
そこへ槍。
さらに魔法。
ヴァイスが後ろへ跳ぶ。
俺は追う。
荒くれ者達も追う。
いつの間にか、俺達は一つの集団として動いていた。
「右!」
「分かってる!」
「下がれ!」
「任せろ!」
声が飛び交う。
ヴァイスの剣が振り下ろされる。
俺が受ける。
重い。
腕が痺れる。
だが、その横から別の男が斬り込んだ。
ヴァイスがそれを避ける。
すると、今度は後ろから魔法が飛ぶ。
ヴァイスが魔法を斬り裂く。
その瞬間、盾役が突っ込んだ。
俺はその動きを見た。
合理的ではない。
盾役が前へ出れば、攻撃を受ける。
ならば距離を取るべきだ。
だが、違った。
盾役が時間を作ったことで、俺が動ける。
俺が動いたことで、槍が動ける。
槍が動いたことで、魔法が通る。
一つ一つの行動だけを見れば、最適とは言えない。
なのに――。
繋がっている。
「……。」
俺はヴァイスを見た。
追い詰めている。
僅かだが、確かに。
俺一人で戦っていた時とは違う。
ヴァイスが一歩下がった。
「今だ!」
誰かが叫んだ。
全員が動く。
俺も踏み込んだ。
剣。
盾。
槍。
魔法。
全てが重なる。
ヴァイスの逃げ道を塞ぐ。
いける。
そう思った。
だが――。
「甘い。」
ヴァイスが笑った。
次の瞬間、空気が変わった。
剣が閃く。
盾が弾かれる。
「ぐあっ!」
槍が折れる。
魔法が散る。
一人。
また一人。
荒くれ者達が倒れていく。
「まだだ!」
誰かが立ち上がる。
その男の前にヴァイスが現れた。
一撃。
膝をつく。
「くそっ……!」
それでも、別の男が飛び込む。
ヴァイスがそれを受け流す。
俺はその隙を狙った。
剣を振る。
ヴァイスは振り向きざまに剣を合わせた。
衝撃。
「――っ!」
押し負けた。
身体が宙に浮く。
地面に叩きつけられる。
「サミエム!」
誰かが叫ぶ。
立ち上がろうとする。
だが、身体が動かない。
視界の端で、荒くれ者達が倒れている。
誰もが傷だらけだ。
それでも。
誰かが別の誰かを起こしている。
「立て!」
「まだ終わってねぇぞ!」
「お前なら動ける!」
「俺はいい! 先に行け!」
俺は、その光景を見ていた。
理解できなかった。
何故だ。
何故、自分が不利になるようなことをする?
何故、自分が傷つくと分かっていて助ける?
何故――。
「……馬鹿らしい。」
口から漏れた。
合理的ではない。
俺なら、そんな選択はしない。
最も効率のいい方法を選ぶ。
自分が傷つく可能性を減らす。
勝つために必要のない行動は切り捨てる。
それが正しい。
そう思っていた。
だが。
俺一人では、ヴァイスをここまで追い詰められなかった。
こいつらがいたからだ。
互いを信じていたからだ。
自分が傷つくことさえ計算に入れず、仲間のために動いたからだ。
不合理な行動。
不合理な連携。
それなのに――。
強い。
俺の力を超えている。
「……。」
霊帝の抱擁。
白銀の魔力が、まだ俺を包んでいる。
感情を捨てる。
迷いを捨てる。
合理的に判断する。
そうすることで、俺は強くなった。
だが。
目の前にあるものは、その逆だった。
信じる。
任せる。
自分が損をすることを受け入れる。
時には、合理的ではない選択をする。
それでも。
仲間が応えてくれる。
それが、こいつらの力だった。
「……なるほど。」
初めて分かった。
霊帝の抱擁では、こいつらの強さを理解できない。
不合理だからだ。
だから、俺には届かなかった。
俺は白銀の魔力を見つめる。
「……もう、いい。」
魔力が揺らぐ。
霊帝の抱擁を解除する。
白銀の光が、ゆっくりと消えていく。
身体が重くなる。
力が抜ける。
それでも。
不思議と、怖くなかった。
俺は立ち上がる。
ヴァイスがこちらを見る。
何も言わない。
俺も何も言わない。
ただ、剣を握り直した。
もう、合理性だけでは選ばない。
信じることを。
不合理であることを。
それも全部、受け入れてみよう。
その先に何があるのか。
今はまだ、分からない。
だが――。
初めて、自分から力を手放した。




