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【暴食領平定編 西】 「守るための力」

 剣がぶつかった。


 金属ではない。


 木剣同士の衝突。


 それでも、腕が痺れるほどの衝撃が走った。


「――っ!」


 俺は後ろへ跳んだ。


 着地。


 その瞬間には、もうヴァイスが目の前にいた。


 速い。


 剣を振る。


 受ける。


 重い。


 押し込まれる。


 俺は身体を捻って逃れた。


 そのまま横薙ぎ。


 ヴァイスは僅かに身体を引いて避ける。


 追撃。


 魔力を纏わせた一撃を放つ。


 ヴァイスは剣で受けた。


 衝撃で砂埃が舞う。


「まだだ!」


 俺は踏み込んだ。


 霊帝の抱擁が身体を包んでいる。


 思考は澄んでいる。


 余計なものはない。


 ただ、勝つために最適な行動を選ぶ。


 剣。


 魔法。


 身体強化。


 使えるものを全て使う。


 それでも――。


「遅い。」


 ヴァイスの剣が俺の脇腹を捉えた。


「ぐっ……!」


 身体が浮く。


 地面を転がった。


 立ち上がる。


 息を整える。


 まだ動ける。


 なら、続ける。


 俺は再び魔力を集中させた。


 霊帝の抱擁が、さらに強くなる。


「……まだだ。」


 踏み込む。


 ヴァイスとの距離が一瞬で縮まる。


 剣を振る。


 避けられる。


 返される。


 受ける。


 崩される。


 地面に手をつく。


 立つ。


 また斬る。


 何度やっても届かない。


「力が……足りない。」


 口から自然に言葉が漏れた。


 もっと。


 もっと霊帝の抱擁を強くすればいい。


 魔力を流す。


 白銀の光が膨れ上がった。


「まだ増やすのか。」


 ヴァイスの声が聞こえた。


「力が必要です。」


「そうか。」


 ヴァイスが剣を構え直す。


「お前は、本当にそれしか見えないんだな。」


 俺は踏み込もうとした。


「力を増やせば勝てる。」


「そう思うか?」


「はい。」


 ヴァイスの顔が歪んだ。


 苛立ち。


 今まで見たことのないほど、露骨な感情だった。


「……まだ、それを言うのか。」


 ヴァイスが吼えた。


「力を増やせば勝てる?」


 剣が振り抜かれる。


 俺は受けた。


 吹き飛ぶ。


「だったら、何故こいつらを見ない!」


 ヴァイスが指差した。


 闘技場の端。


 荒くれ者達が訓練を止めて、こちらを見ていた。


 その中の一人が前へ出る。


「俺達がどうしたってんだ!」


 ヴァイスは答えない。


 代わりに、別の男が盾を構えた。


 その隣に槍を持った男が立つ。


 さらに後ろには魔法を使う者。


 誰か一人が動く。


 別の誰かがそれに合わせる。


 それぞれが違う武器を持っている。


 それぞれが違う過去を持っている。


 だが、戦う時だけは互いを見ている。


 一人が攻撃を受ければ、隣が助ける。


 一人が踏み込めば、後ろが援護する。


 それは俺が一人で戦っていた時には、なかったものだった。


「……。」


 俺は黙って見ていた。


「一人で全部やる必要なんてない。」


 ヴァイスが言う。


「こいつらは、お前より弱い。」


 荒くれ者達から不満の声が飛ぶ。


「おい!」


「事実だろ。」


 ヴァイスは平然としていた。


「だが、こいつらが五人集まれば、お前は勝てない。」


 否定できなかった。


 実際に負けた。


「力があることは悪くない。」


 ヴァイスが俺を見る。


「だが、一人で全部できると思い込んだ瞬間、力はただの足枷になる。」


 俺は剣を握ったまま、動かなかった。


 頭の中に、別の光景が浮かぶ。


 村。


 魔物に怯えていた村人達。


 俺は依頼を断った。


 任務があったからだ。


 合理的だった。


 間違ってはいない。


 その後、魔物に襲われた。


 荷物を失い、結局村へ戻った。


 そこで、村人達は俺に礼を言った。


 あの時の感覚。


 胸の奥に残った、説明できない違和感。


 さらに、灰崎との旅。


 ヘリオ。


 兄。


 思い出そうとすると、頭の奥が僅かに痛んだ。


 俺は何故、剣を握っている?


 任務のため。


 強くなるため。


 敵を倒すため。


 では、その先は?


 ヴァイスの問いが蘇る。


『その力で何をするつもりだ?』


 俺は剣を見る。


 この力があれば、できることは増える。


 だが。


 力を持つことそのものが目的なら。


 俺は、何のために戦っている?


 答えが浮かばない。


 それでも、頭の中に一つの光景が浮かんだ。


 誰かが傷ついている。


 俺がその前に立っている。


 剣を握っている。


 何かを守るために。


「……。」


 口から、言葉が漏れた。


「守るため……。」


 ヴァイスが聞き返す。


「何?」


 俺は自分でも驚いていた。


 もう一度、言う。


「守るためです。」


 それが何なのか。


 まだ分からない。


 誰なのか。


 何を守りたいのか。


 明確な答えはない。


 ただ。


 今までのように、力そのものを求めていたわけではない。


 ヴァイスはしばらく俺を見ていた。


 やがて、剣を下ろした。


「……そうか。」


 それだけだった。


 俺は膝についた砂を払う。


 敗北した。


 今日も勝てなかった。


 それでも、不思議と昨日までの敗北とは違っていた。


 夜。


 俺は一人で剣を振っていた。


 霊帝の抱擁を使う。


 白銀の魔力が身体を包む。


 力が増す。


 身体が軽くなる。


 思考が澄む。


 剣を振る。


 速い。


 強い。


 この力は、やはり必要だ。


 だが。


 今日は、それだけではなかった。


 剣を握る手を見る。


「守るため……。」


 小さく呟く。


 その言葉の意味を、俺はまだ知らない。


 けれど。


 初めて、自分の力の先にあるものを考えた。


 俺はもう一度、剣を振った。

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