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【暴食領平定編 西】 「戦争の気配」

 朝。


 城塞都市には、今日も剣戟の音が響いていた。


 木剣と木剣がぶつかる。


 盾が打ち鳴らされる。


 怒号が飛び交い、荒くれ者達が隊列を組んで走っていく。


「右が遅い!」


「盾を下げるな!」


「前が空いてるぞ!」


 ヴァイスの声が響く。


 荒くれ者達は即座に反応した。


 一人が前へ出る。


 その隙間を別の一人が埋める。


 さらに後ろから槍が伸び、相手の進路を塞ぐ。


 以前なら、ただの寄せ集めにしか見えなかった。


 だが、今は違う。


 一人一人の動きが繋がっている。


 誰かが崩れれば、別の誰かが支える。


 誰かが攻めれば、別の誰かがその隙を補う。


 それは個人の強さとはまるで違うものだった。


「……随分と変わりましたね。」


 俺が言うと、隣に立っていたヴァイスがこちらを見る。


「何がだ?」


「こいつらです。」


 闘技場の中では、訓練が続いている。


「以前とは動きが違う。」


「当たり前だ。」


 ヴァイスは淡々と言った。


「毎日死ぬほど鍛えてるからな。」


 その言葉だけなら、いつものヴァイスだった。


 だが俺には、一つ疑問があった。


「何故です?」


「何が?」


「何故、ここまで鍛える?」


 ヴァイスが黙った。


 俺は続ける。


「この街を手に入れた時点で、こいつらを従わせることはできたはずだ。」


「そうだな。」


「それなのに、戦い方まで教えている。」


 ヴァイスは闘技場へ目を向けた。


 そして、ぽつりと言った。


「戦争になるからだ。」


「……。」


 思わず聞き返した。


「戦争?」


「ああ。」


 ヴァイスの目は、城塞都市の向こうへ向けられている。


「そう遠くないうちにな。」


 俺は黙っていた。


「暴食帝が倒れた。」


 その言葉を聞いた瞬間、意識が僅かに引き締まった。


 それは俺達が成し遂げたことだ。


 暴食帝が倒れたことで、世界の均衡は崩れ始めている。


 マモンも同じことを言っていた。


 だからこそ、俺はここへ来た。


「帝王達が動く。」


 ヴァイスが続ける。


「これまで互いに牽制していた連中が、今までと同じように大人しくしていると思うか?」


「……思いません。」


「だろうな。」


 ヴァイスは城壁へ歩き出した。


 俺も後を追う。


 城壁の上から見下ろすと、この都市が軍事拠点として造られた理由がよく分かった。


 巨大な城壁。


 広い兵舎。


 武器庫。


 訓練場。


 そして、都市そのものを守るための幾重もの防衛設備。


 今では盗賊や山賊がたむろする街になっていたが、その姿は本来の用途を失っているだけだった。


「ここは元々、国境を守るために造られた。」


「知っています。」


「なら話は早い。」


 ヴァイスは城壁へ手を置く。


「戦うために作られた場所なら、戦うために使えばいい。」


 それだけだった。


「だから、こいつらを?」


「ああ。」


 ヴァイスは闘技場の荒くれ者達を見る。


「盗賊もいる。山賊もいる。傭兵もいる。元兵士もいる。」


「統一された軍隊ではない。」


「だからこそ鍛えた。」


 ヴァイスは言った。


「こいつらは一人で戦うことには慣れている。だが、誰かと一緒に戦うことには慣れていなかった。」


 俺は思い出す。


 最初に戦った時。


 四人。


 五人。


 俺は一人で戦った。


 そして負けた。


「集団で戦うことを覚えれば、強い。」


 ヴァイスは言った。


「個人の強さなんて、戦場じゃ一つの要素でしかない。」


「……。」


「強い一人間が勝てる戦いもある。」


 ヴァイスが俺を見る。


「だが、一人ではどうにもならない戦いもある。」


 その言葉は、俺の中に残った。


 それでも。


「なら、俺自身がもっと強くなればいい。」


 そう言った。


 ヴァイスの目が細くなる。


「……そう思うか。」


「はい。」


「何故?」


「力があれば、できることが増える。」


 それは事実だ。


「俺はまだ弱い。」


 四人に負けた。


 五人にも勝てなかった。


 霊帝の抱擁を使わなければ、一人にすら負けた。


 だから必要なのだ。


「もっと強くなればいい。」


 俺はそう結論づけた。


 ヴァイスはしばらく黙っていた。


 そして――。


「……そうか。」


 短く呟いた。


 その声には、僅かな苛立ちが混じっていた。


「なら。」


 ヴァイスが俺の前へ歩み出る。


「全力で来い。」


 空気が変わった。


「……?」


 ヴァイスが剣を抜く。


 その瞳に、今までとは違う光が宿っている。


「根本から否定してやる。」


 俺は剣に手をかけた。


「何を?」


「お前の、その考えをだ。」


 ヴァイスが構える。


「力があれば何でもできると思っているなら――」


 一歩。


 踏み込んだだけで、空気が震えた。


「全力で来い、サミエム。」


 俺の身体が反応する。


 霊帝の抱擁が、白銀の光を放った。


 力が湧き上がる。


 身体が軽くなる。


 思考が研ぎ澄まされていく。


 目の前にいる男を見据える。


 ヴァイス。


 この都市を支配する男。


 俺が未だに勝てない男。


 なら。


 今度こそ。


 俺は剣を抜いた。


 その瞬間、ヴァイスが笑った。


「それでいい。」


 俺も踏み込む。


 剣がぶつかった。


 轟音が城壁に響く。


 だが――。


 次の瞬間。


 俺の身体が吹き飛んだ。


「――っ!」


 地面を転がる。


 立ち上がる。


 ヴァイスは、まだ一歩も動いていなかった。


「……。」


 俺は剣を握り直す。


 霊帝の抱擁が、さらに強く脈動する。


 力が足りない。


 なら、もっと使えばいい。


 俺は再び踏み込んだ。


 ヴァイスは、それを真正面から迎え撃った。

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