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【暴食領平定編 西】 「力を捨てて」

「今日は、それを使うな。」


 訓練場へ向かう途中、ヴァイスにそう言われた。


 俺は足を止める。


「それ、とは?」


「分かっているだろう。」


 ヴァイスの視線が、俺の身体を包む白銀の魔力へ向けられる。


 霊帝の抱擁。


 俺は無意識のうちに、その魔力を強めていた。


「必要です。」


「何が?」


「力が。」


 即答だった。


 ヴァイスは少しだけ目を細める。


「使わなければ何もできないと思っているのか?」


「……少なくとも、今の俺には必要です。」


「なら、試してみろ。」


「何を?」


「それを使わずに、どこまでできるか。」


 俺は黙った。


 霊帝の抱擁を解除する。


 白銀の魔力が消えた。


 途端に身体が重くなった。


 呼吸が浅くなる。


 視界が少しだけ狭くなったように感じる。


 これが、本来の俺。


「相手は俺じゃない。」


 ヴァイスが闘技場の中央を見る。


 そこには、昨日戦った荒くれ者の一人が立っていた。


「俺とやるのか?」


 盾役の男が木剣を構える。


「はい。」


 俺も剣を構えた。


「始め!」


 踏み込む。


 遅い。


 自分でも分かる。


 昨日までなら、もっと速く動けた。


 盾役の男が盾を構える。


 俺は右へ回り込もうとする。


 だが、読まれた。


 盾が迫る。


「っ!」


 剣で受ける。


 腕が痺れた。


 押し返される。


 距離を取る。


 もう一度。


 今度は正面から斬る。


 盾で受けられる。


 そのまま押し込まれる。


 足が下がる。


 俺は剣を返す。


 しかし、遅い。


 肩を木剣で打たれた。


「……っ!」


 痛みが走る。


 反撃する。


 届かない。


 もう一度。


 また防がれる。


 身体が思うように動かない。


 こんなにも違うのか。


 霊帝の抱擁を使っていた時は、もっと簡単だった。


 もっと速く。


 もっと正確に。


 もっと強く。


 それが今はできない。


「終わりだ。」


 木剣が喉元に突きつけられた。


 俺は息を切らしながら立っていた。


 負けた。


 たった一人に。


 ヴァイスが言う。


「これがお前だ。」


 俺は自分の手を見る。


 震えていた。


「……分かっています。」


「本当に?」


 答えられない。


 俺は再び剣を握った。


「もう一度。」


「まだやるのか?」


「はい。」


 今度は二人。


 盾役と槍使い。


 二人が並ぶ。


 俺は構えた。


 先ほどより慎重に動く。


 槍を避ける。


 盾を回り込む。


 一瞬だけ隙が見えた。


 踏み込む。


 だが、槍の柄が足を払った。


 身体が崩れる。


 盾が迫る。


 転がって避ける。


 立ち上がる。


 また攻撃する。


 何度も。


 何度も。


 それでも届かなかった。


 最後には、二人の木剣が同時に俺へ向けられていた。


「……終わりだ。」


 また負けた。


 俺は膝に手をつく。


 息が苦しい。


 悔しい。


 だが、それ以上に理解した。


 霊帝の抱擁がなければ、俺は弱い。


 あまりにも。


「どうだ?」


 ヴァイスが聞く。


「……力が足りません。」


「そうか。」


「霊帝の抱擁がなければ、俺は何もできない。」


 ヴァイスは何も言わなかった。


 俺は顔を上げる。


「だから必要なんです。」


「力が?」


「はい。」


 ヴァイスは否定しなかった。


「そう思うなら、それでいい。」


 意外だった。


「何も言わないんですか?」


「俺が答えを決めることじゃない。」


 ヴァイスは背を向ける。


「お前自身が決めろ。」


 俺はその背中を見た。


 何故、この男は俺を否定しない。


 何故、力を求めることを止めない。


 分からない。


 夜。


 俺は一人で部屋にいた。


 昼間の敗北を思い返す。


 霊帝の抱擁がなければ、俺はあれほど簡単に負けた。


 ならば。


 やはり、必要だ。


 俺は魔力を集中する。


 白銀の光が身体を包む。


 軽い。


 身体が戻っていく。


 思考も澄み渡る。


 俺は剣を握った。


 振る。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 さっきまでとは違う。


 速い。


 正確だ。


 強い。


 やはり、この力は必要だ。


 けれど。


 ふと、手が止まった。


「……これは。」


 俺の力なのか。


 そんな疑問が浮かんだ。


 すぐに首を振る。


 考える必要はない。


 使える力なら、使えばいい。


 俺は再び剣を振る。


 ただ一つだけ。


 今までとは違う疑問を抱えたまま。


 ――霊帝の抱擁によって強くなった俺と、何も使わない俺。


 果たして、そのどちらが本当の俺なのか。


 その答えだけは、まだ出なかった。

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