【暴食領平定編 西】 「力は悪ではない」
朝から、剣を振っていた。
何度目になるか分からない。
木剣がぶつかる。
受ける。
弾く。
踏み込む。
相手が下がる。
俺も追う。
昨日までとは、少しだけ違った。
相手の動きを見る。
次に誰が動くのかを考える。
それだけは、意識するようになっていた。
だが、それでも最後に頼るのは自分の力だった。
霊帝の抱擁。
白銀の魔力が身体を包んでいる。
思考が澄んでいく。
余計な感情が消える。
判断が速くなる。
だから、俺はこの力を手放す理由がない。
「そこまでだ。」
声がした。
荒くれ者達が一斉に動きを止める。
俺も剣を下ろした。
闘技場の端にヴァイスが立っている。
「今日はここまでにする。」
「まだできます。」
「知っている。」
ヴァイスはそれだけ言って、俺の方へ歩いてきた。
視線が俺の身体を包む白銀の魔力へ向けられる。
「それは、まだ使っているのか。」
「はい。」
「そうか。」
ヴァイスは特に驚いた様子もなかった。
俺は逆に、その反応が気になった。
「何か問題でも?」
「いや。」
ヴァイスは少し考えるようにしてから言った。
「お前は、力が嫌いか?」
「……?」
意味が分からなかった。
「嫌う理由がありません。」
「そうだな。」
ヴァイスは頷いた。
「俺も力そのものは嫌いじゃない。」
「なら……。」
「力は必要だ。」
ヴァイスは自分の剣へ目を落とした。
「力がなければ守れないものもある。」
俺は黙って聞く。
「力がなければ、奪われるものもある。」
その言葉には迷いがなかった。
「力がなければ、自分で何かを選ぶことすらできない場合もある。」
俺と同じ考えだった。
少なくとも、そこまでは。
「俺も、そう思います。」
「だろうな。」
ヴァイスは俺を見る。
「だから、力を求めること自体を悪いとは思わない。」
「……。」
「だがな。」
そこで、ヴァイスの声が少し低くなった。
「力を持つことと、力しか見なくなることは違う。」
俺は黙った。
「お前はどうだ?」
「俺は……。」
答えようとして、言葉が止まった。
何を言えばいい。
俺は強くなりたい。
力が必要だからだ。
力がなければ何もできない。
それは間違っていない。
「力がなければ、選択肢すらありません。」
俺はそう答えた。
ヴァイスは否定しなかった。
「その通りだ。」
「なら、何が問題なんです?」
「お前自身だ。」
「……俺?」
「ああ。」
ヴァイスは腕を組む。
「お前は、力を手に入れることしか見ていない。」
「それの何が悪い?」
「悪いとは言っていない。」
「では?」
「その力で何をするつもりだ?」
答えは簡単だ。
「敵を倒す。」
「その先は?」
「任務を遂行する。」
「その先は?」
俺は黙った。
答えが出ない。
ヴァイスは急かさなかった。
ただ、こちらを見ている。
「……次の任務があります。」
「そうだな。」
「それを遂行します。」
「その次は?」
また同じだった。
俺は答えられない。
何故だ。
俺はこれまで、そんなことを考える必要がなかった。
マモンから命令を受けた。
それを遂行する。
そのために力が必要だった。
ただ、それだけだ。
「分からないなら、それでいい。」
ヴァイスが言った。
「今すぐ答えを出せとは言わない。」
「……。」
「力が欲しいなら、好きなだけ求めればいい。」
意外な言葉だった。
「俺は、お前に力を捨てろと言っているわけじゃない。」
「では、何を?」
「自分が何のためにその力を使うのか。」
ヴァイスはそこで言葉を切った。
「それくらいは、自分で考えろ。」
俺はヴァイスを見つめた。
「……あなたは、何のために力を求めるんです?」
今度は俺から尋ねた。
ヴァイスは少しだけ目を細める。
「俺か?」
「はい。」
「そうだな。」
ヴァイスは城壁の向こうへ目を向けた。
城塞都市。
かつては国境を守るために造られた場所。
今では、荒くれ者達が暮らしている。
「失いたくないものがある。」
それだけだった。
「……それは何です?」
「いつか分かる。」
また、その言葉だった。
ヴァイスはそれ以上話さず、歩き出した。
俺はその背中を見送る。
失いたくないもの。
その言葉の意味を考える。
だが、すぐに思考を止めた。
今は分からない。
なら、考える必要はない。
俺は剣を握り直した。
霊帝の抱擁を強める。
白銀の魔力が膨れ上がる。
「……もっと強く。」
そう呟いた。
力があれば何かを選べる。
力がなければ何もできない。
ならば。
俺に必要なのは、やはり力だ。
夜。
部屋に戻ってからも、俺は剣を振った。
何度も。
何度も。
それでも、ヴァイスの言葉が頭から消えない。
『その力で何をするつもりだ?』
俺は剣を止めた。
「……何のために。」
初めて、その問いを自分に向けた。
答えはない。
しばらく考える。
やはり、ない。
だから俺は、再び剣を振った。
答えが見つからないなら。
今はまだ、必要ない。
もっと力を手に入れればいい。
そうすれば、いつか答えも見つかる。
俺はそう考えていた。
その考えが正しいのか。
間違っているのか。
まだ、俺には分からなかった。




