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【暴食領平定編 西】 「荒くれ者達の過去」

 翌朝。


 闘技場へ向かうと、昨日戦った男達が既に訓練を始めていた。


 身体中に打撲の跡を残しながら、それでも木剣を振っている。


「……昨日、あれだけやられたのに?」


 思わず口に出た。


 短剣使いがこちらを振り向く。


「お前もな。」


「俺は動けます。」


「俺達も動ける。」


 そう言って笑った。


 確かに、その通りだった。


 盾役もいる。


 槍使いもいる。


 魔法使いもいる。


 全員、昨日ヴァイスに倒されたはずだ。


 それでも何事もなかったかのように訓練を続けている。


「ヴァイス様に休めと言われなかったのか?」


「言われたさ。」


「なら、なぜ?」


「休んだら訓練が遅れる。」


 当然のように答えた。


 俺には理解できなかった。


 身体を休めることも、効率を上げるためには必要だ。


 だが、こいつらは違う。


 まるで、鍛えることそのものが目的のようだった。


「サミエム。」


 短剣使いが木剣を肩に担ぐ。


「少し話さないか?」


「話?」


「ああ。」


 俺は頷いた。


 昨日から気になっていた。


 こいつらは一体、何者なのか。


 何故ここにいるのか。


「俺は昔、盗賊だった。」


 男は唐突に言った。


「……盗賊?」


「そうだ。」


 彼は笑う。


「街道を通る商人を襲って、金を奪って、食い物を奪って……生きるためなら何でもやった。」


「何故、やめた?」


「ヴァイス様に負けたからだ。」


「それだけ?」


「それだけじゃない。」


 男は木剣を眺めた。


「俺がヴァイス様に負けた時、殺されると思った。」


「当然だな。」


「だろ?」


 男は笑った。


「でも、あの人は俺にこう言った。」


 一度、言葉を切る。


「『奪うしか生きる方法がないなら、奪わなくても生きられるくらい強くなれ』ってな。」


 俺は黙った。


 奇妙な言葉だった。


 盗賊を殺すのではなく。


 盗賊として生きる必要がなくなるほど強くしようとした。


「それで、お前はここに残ったのか?」


「まあな。」


 短剣使いは肩をすくめる。


「最初は逃げようと思った。」


「なら、何故?」


「飯が食えた。」


「……。」


「あと、訓練が死ぬほどきつかった。」


 笑い声が起こった。


「それで?」


「気付いたら、ここにいた。」


 次に、盾役の男が口を開いた。


「俺は元兵士だ。」


 大きな身体。


 昨日、何度も俺の攻撃を受け止めた男だ。


「戦争で部隊が壊滅した。俺だけ生き残った。」


「……。」


「それから酒を飲んで、喧嘩して、適当に生きていた。」


 淡々とした口調だった。


「死ぬ場所を探していたのかもしれん。」


「それでヴァイスに?」


「ああ。」


 男は苦笑する。


「ヴァイス様に叩きのめされた。」


「またか。」


「そうだ。」


 短剣使いが笑う。


「そして何と言われた?」


「『死に場所を探す暇があるなら、生きる理由を探せ』だ。」


 俺は言葉を失った。


 ヴァイス。


 あの男は、何を考えている。


 力を持つ者だけを集めているわけではない。


 力を持っていない者にも、戦う理由を与えている。


「俺は元傭兵だ。」


 魔法使いが杖を手にしながら言った。


「俺は誰も信用しなかった。」


「何故?」


「仲間が死ぬのが嫌だったからだ。」


 意外な答えだった。


「信用しなければ、失わなくて済む。」


「……。」


「だから戦場でも一人で動いた。」


 男は苦笑する。


「結果、仲間を何人も死なせた。」


 俺は昨日の戦いを思い出した。


 こいつは後方から魔法を放っていた。


 俺が一人でヴァイスへ向かっていた時も、何度も援護していた。


「ヴァイス様に鍛えられて、初めて連携を覚えた。」


「……昨日も、そうだったな。」


「ああ。」


 魔法使いが笑う。


「お前は全然合わせてくれなかったけどな。」


「……。」


 言い返せなかった。


 俺は一人で戦っていた。


 周囲を見ていなかった。


「何故、そこまでしてヴァイスについていく?」


 俺は尋ねた。


 答えはすぐに返ってこなかった。


 短剣使いが空を見上げる。


「俺達を強くしてくれたからだ。」


「なら、もっと強い者を探せばいい。」


 俺は当然のことを言った。


 強くなるなら、最も強い者につけばいい。


 その方が合理的だ。


 短剣使いがこちらを見る。


「……そういうところだよ、お前。」


「どういう意味だ?」


「まあ、いい。」


 男は笑った。


「ヴァイス様は、俺達を強くしたんじゃない。」


「……?」


「俺達が、自分で強くなろうと思えるようにしたんだ。」


 分からなかった。


 強くする。


 強くなる。


 その違いが、俺には理解できない。


「結局、強くなったのだろう?」


「ああ。」


「なら同じだ。」


「違うさ。」


 短剣使いは首を横に振った。


「お前には、そのうち分かる。」


 また、その言葉だった。


 ヴァイスも同じことを言った。


 そのうち分かる。


 だが、俺には今のところ何も分からない。


 その日の夜。


 俺は一人で部屋に戻った。


 剣を手に取る。


 霊帝の抱擁を発動する。


 白銀の魔力が身体を包んだ。


 強くなる。


 力が増す。


 それは確かだ。


 なら、何も問題はない。


 だが。


 今日聞いた言葉が、頭から離れなかった。


『俺達が、自分で強くなろうと思えるようにした』


 自分で強くなろうと思う。


 俺もそうだ。


 もっと強くならなければならない。


 けれど。


「……何のために?」


 呟いた。


 答えは出ない。


 俺は目を閉じる。


 昨日、ヴァイスに聞かれた。


 何故、剣を握るのか。


 今日、荒くれ者達の話を聞いた。


 誰もが、それぞれの理由で剣を握っている。


 俺にはない。


 だからこそ。


 俺は霊帝の抱擁へ魔力を流した。


 もっと強く。


 もっと速く。


 もっと効率よく。


 答えが分からないなら、今は必要ない。


 力があれば、何かをすることができる。


 力がなければ、何もできない。


 ならば。


 今の俺に必要なのは、答えではない。


 力だ。


 そう思いながら、俺は剣を振り続けた。

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