【暴食領平定編 西】 「連携」
闘技場へ入った瞬間、いつもとは違う空気を感じた。
観客席には人がいる。
だが、中央に立っているのは荒くれ者達だけではない。
その向かい側に、一人の男が立っていた。
ヴァイス。
剣を腰に下げ、腕を組んでいる。
「今日は俺が相手をする」
ざわめきが広がった。
俺はヴァイスを見る。
これまで何度も、この男の戦いを見てきた。
剣も魔法も使える。
判断も速い。
そして何より、強い。
「条件は?」
「お前一人と、こいつら全員だ」
ヴァイスが後ろを指す。
そこにいるのは、これまで俺と戦ってきた荒くれ者達だった。
「……俺達が全員で?」
短剣使いが尋ねる。
「そうだ。」
ヴァイスは頷く。
「いつものようにやれ。」
荒くれ者達は互いに顔を見合わせた。
そして、すぐに隊列を組む。
大盾が前。
その後ろに槍。
左右に剣士と短剣使い。
さらに後方には魔法使い。
昨日まで何度も見た連携だ。
だが、今日は敵が違う。
ヴァイス。
俺は剣を抜いた。
「始め!」
合図。
荒くれ者達が一斉に動いた。
「行くぞ!」
盾が前へ出る。
槍が続く。
魔法使いが詠唱を始める。
完璧な動きだった。
俺も踏み込む。
霊帝の抱擁。
白銀の魔力が全身を包んだ。
ヴァイスへ向かう。
「待て!」
背後から声がした。
だが、止まらない。
俺の狙いはヴァイスだ。
力を集中する。
一撃で決める。
剣を振る。
ヴァイスが受けた。
金属音が響く。
「……速くなったな。」
「まだです。」
俺は二撃目。
ヴァイスが身体を逸らす。
三撃目。
弾かれる。
反撃。
俺は避けた。
速い。
だが、まだ追える。
もう一度踏み込む。
その瞬間。
「サミエム!」
横から盾が飛び込んできた。
俺への攻撃ではない。
ヴァイスの剣を防ごうとしたのだ。
「邪魔だ!」
俺は叫んだ。
盾役が一瞬、固まる。
その隙をヴァイスは逃さなかった。
身体を回転させる。
盾役の脇を抜ける。
剣の柄が男の腹へ入った。
「ぐっ!」
男が倒れる。
「何をしている!」
俺はヴァイスへ斬りかかる。
だが、ヴァイスは後退した。
そこへ槍が突き出される。
「今だ!」
ヴァイスは槍を避けた。
俺はその隙を狙う。
だが。
ヴァイスの剣が槍の柄を弾いた。
槍使いの体勢が崩れる。
そこへ蹴り。
倒れる。
「くそっ!」
短剣使いが背後から迫った。
ヴァイスは振り向きもしない。
身体を僅かにずらす。
短剣が空を切った。
その腕を掴む。
投げる。
地面に叩きつけられた。
俺はヴァイスを追う。
「逃がさない!」
「逃げているわけじゃない。」
ヴァイスが笑った。
「お前達を相手にしているだけだ。」
次の瞬間。
ヴァイスが踏み込んだ。
俺は剣を構える。
受ける。
重い。
「――っ!」
押される。
俺は力を込める。
霊帝の抱擁をさらに強くする。
白銀の魔力が膨れ上がる。
押し返す。
だが。
ヴァイスの足元から魔力が弾けた。
身体が吹き飛ぶ。
「サミエム!」
魔法使いが叫んだ。
火球が飛ぶ。
ヴァイスへ。
俺は着地すると同時に走った。
今だ。
魔法で動きを制限されている。
そこへ俺が入る。
そう思った。
だが、ヴァイスは火球を避けながら俺へ向かってきた。
「なっ――」
剣が迫る。
受ける。
腕が痺れる。
さらに一撃。
受ける。
三撃目。
弾かれる。
ヴァイスが俺の横を通り過ぎた。
振り返る。
魔法使いが倒れていた。
「……。」
残っているのは俺だけだった。
いつの間にか。
全員倒されている。
俺は剣を握り直す。
「まだ終わっていない。」
「終わっている。」
「俺はまだ戦える。」
「そうだな。」
ヴァイスが剣を構える。
「だから最後まで相手をしてやる。」
俺は踏み込んだ。
速さ。
力。
反応。
全てを引き上げる。
霊帝の抱擁。
もっと。
もっと強く。
ヴァイスへ斬りかかる。
一撃。
避けられる。
二撃。
受けられる。
三撃。
弾かれる。
四撃。
剣が空を切る。
「……!」
次の瞬間。
ヴァイスの姿が消えた。
いや。
速い。
俺の懐へ入っている。
柄が腹へ突き刺さった。
「ぐっ……!」
身体が浮く。
そのまま地面へ叩きつけられた。
息ができない。
起き上がろうとする。
だが。
剣が喉元に向けられていた。
「勝負あり。」
静かな声だった。
観客席から歓声が上がる。
俺は地面に倒れたまま、ヴァイスを見る。
完敗だった。
荒くれ者達と共に戦った。
それなのに。
俺は一度も、あいつらを見なかった。
ただヴァイスだけを見ていた。
「……なぜ。」
口から言葉が漏れる。
「何がだ?」
「俺達は……人数がいた。」
「ああ。」
「それなのに……。」
ヴァイスは剣を収めた。
「お前は、最初から一人だった。」
「……。」
「周りにいた奴らを、一度でも見たか?」
答えられない。
「お前は自分一人でヴァイスを倒そうとした。」
「俺は……一人で戦える。」
そう答えた。
ヴァイスは少しだけ目を細める。
「違う。」
「……。」
「お前は一人で戦っているんじゃない。」
ヴァイスが俺を見る。
「周りにいる人間を、最初から見ていないだけだ。」
何も言い返せなかった。
俺はゆっくりと立ち上がる。
倒れた荒くれ者達を見る。
盾を持った男。
槍使い。
剣士。
短剣使い。
魔法使い。
確かに、そこにいた。
俺と一緒に戦っていた。
なのに。
俺は一度も、彼らを頼らなかった。
俺は拳を握る。
「……俺が、もっと強ければ。」
ヴァイスが黙る。
「もっと強ければ、必要なかった。」
それが俺の答えだった。
仲間を頼る必要などない。
俺自身が圧倒的な力を持てばいい。
霊帝の抱擁がある。
まだ強くなれる。
ならば。
もっと使えばいい。
ヴァイスは何も言わなかった。
ただ俺を見つめている。
その目が何を意味しているのか。
今の俺には、分からなかった。




