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【暴食領平定編 西】 「何故、剣を握る」

 朝。


 昨日までとは違う感覚があった。


 身体の痛みは残っている。


 だが、動けないほどではない。


 俺は目を覚ますと、すぐに剣を手に取った。


 そして――霊帝の抱擁を使う。


 白銀の魔力が身体を包んだ。


 以前よりも、強く。


 昨日の五人戦で分かった。


 俺には力が足りない。


 ならば、もっと引き出せばいい。


 それだけの話だ。


 扉を開ける。


 すでに兵士が待っていた。


「今日も闘技場だ。」


「分かっています。」


 俺は歩き出した。


 闘技場へ入る。


 昨日まで戦っていた荒くれ者達が待っている。


 四人。


 昨日より少ない。


 だが、油断はしない。


「始め!」


 合図と同時に動く。


 正面から来た大盾を避ける。


 槍が伸びる。


 剣で弾く。


 そのまま懐へ入る。


 一撃。


 二撃。


 槍使いを倒す。


 残り三人。


 昨日とは違う。


 俺は相手の連携を観察する。


 大盾が前に出る。


 その後ろから剣士。


 側面に短剣使い。


 俺は一歩引く。


 短剣が空を切った。


 大盾の動きが止まる。


 その瞬間。


 踏み込む。


 大盾を飛び越える。


 剣士へ。


 斬る。


 受けられる。


 だが、二撃目で武器を弾く。


 短剣使いが来る。


 身体を捻る。


 避ける。


 柄で腹を打つ。


 倒れた。


 最後は大盾。


 正面から受ける必要はない。


 横へ回る。


 足を払う。


 巨体が崩れた。


 俺は剣を突きつける。


「勝負あり!」


 歓声が響いた。


 俺は剣を下ろす。


 勝った。


 昨日より明らかに動けている。


 霊帝の抱擁を強めたからだ。


「……。」


 これでいい。


 力があれば勝てる。


 力があれば、相手の連携も突破できる。


 力があれば――。


「おい。」


 声がした。


 振り返る。


 ヴァイスが闘技場の入口に立っていた。


「来い。」


 短く言われる。


 俺はその後をついていった。


 闘技場の外。


 人の少ない通路で、ヴァイスが足を止める。


「強くなったな。」


「ありがとうございます。」


「だが。」


 ヴァイスはこちらを見る。


「お前は、何故剣を握る?」


「……。」


 突然の質問だった。


「任務のためです。」


「その任務が終わったら?」


「次の任務を遂行します。」


「それも終わったら?」


「……。」


 答えが止まった。


 ヴァイスは続ける。


「何故、そこまでして強くなろうとする?」


「力が必要だからです。」


「何故?」


「力がなければ、何もできない。」


 それは迷いなく出てきた。


「力がなければ、任務を遂行できない。敵を倒せない。誰かを助けることもできない。何かを成し遂げることもできない。」


 俺は自分の手を見る。


「だから、強くなる必要があります。」


「なるほど。」


 ヴァイスは腕を組む。


「じゃあ聞こう。」


「はい。」


「お前は何のために力を使う?」


「……。」


 また答えられない。


 力が必要だ。


 それは分かる。


 力がなければ何もできない。


 それも分かる。


 だが。


 何のために。


 そこまで考えたことはなかった。


「……任務を遂行するためです。」


「それは目的じゃない。」


「では、何ですか?」


「俺が聞いている。」


 ヴァイスは俺から目を逸らさない。


「お前自身は、何がしたい?」


「……。」


 分からない。


 その答えを口にするのが嫌だった。


 俺は剣を握る。


 霊帝の抱擁によって、思考は澄んでいる。


 ならば答えを出せるはずだ。


 合理的に考える。


 俺が強くなる理由。


 任務。


 生存。


 勝利。


 それ以上は必要ない。


「力があればいい。」


 俺はそう答えた。


「力があれば、何かをすることができます。」


「違う。」


 即答だった。


「力は目的じゃない。」


「ですが、力がなければ何もできません。」


「それはそうだ。」


 ヴァイスは否定しなかった。


「だが、力があっても何もできない奴はいる。」


「……。」


「お前みたいにな。」


 胸の奥に、僅かな苛立ちが生まれた。


 だが、それもすぐに消えた。


 霊帝の抱擁が感情を削る。


 冷静に考えればいい。


「俺には、まだ力が足りない。」


「……そう考えるか。」


「はい。」


 ヴァイスは小さく息を吐いた。


「そうか。」


 それ以上は何も言わなかった。


 背を向ける。


 歩き出す。


 俺はその背中を見つめた。


「ヴァイス。」


 呼び止める。


「何故、俺にこんなことを聞く?」


 ヴァイスは振り返らなかった。


「そのうち分かる。」


 それだけだった。


 俺は一人、通路に残された。


 何故剣を握るのか。


 何故強くなりたいのか。


 考える。


 だが、答えは出ない。


 ならば。


 今は必要ない。


 もっと強くなればいい。


 力があれば、答えが必要になることもないかもしれない。


 俺はそう考えた。


 そして。


 霊帝の抱擁を、さらに深くした。

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