【暴食領平定編 西】 「四人の壁」
朝。
いつもと同じ時間に目を覚ました。
窓から差し込む光を見ながら、昨日の戦いを思い返す。
三人。
勝った。
だが、余裕があったわけではない。
相手の連携を崩し、一人ずつ戦闘不能にして、ようやく勝利した。
ならば、四人になった場合。
単純に考えれば、昨日より一人多いだけだ。
ならば、昨日と同じように分析すればいい。
霊帝の抱擁を使う。
思考を研ぎ澄ませる。
相手の役割を見極める。
そして、最も脆い部分を突く。
「……問題ない。」
そう呟いて、俺は部屋を出た。
闘技場へ向かう。
いつもの廊下。
いつもの兵士。
いつもの歓声。
ただ一つ違うのは、昨日までとは比べ物にならないほど多くの人間が集まっていることだった。
扉が開く。
歓声が降ってくる。
「来たぞ!」
「昨日負けた奴だ!」
「今日は四人だ!」
俺は中央へ歩く。
反対側の門が開いた。
四人。
一人は大盾。
一人は槍。
一人は剣。
そして最後の一人は、杖を持っている。
魔法使い。
「……。」
俺は相手を観察する。
大盾が前衛。
槍が中衛。
剣士が遊撃。
魔法使いが後衛。
役割は明確だ。
まず魔法使いを倒す。
それが最も合理的。
魔法による遠距離攻撃を残せば、戦況は不利になる。
俺は剣を抜いた。
白銀の魔力が身体を包む。
霊帝の抱擁。
身体能力が跳ね上がる。
思考が研ぎ澄まされる。
周囲の音が遠ざかる。
敵の呼吸まで聞こえる。
「始め!」
同時に踏み込んだ。
正面の大盾へは向かわない。
左。
槍の外側。
そのさらに外へ。
魔法使いへ一直線。
予測通り、槍が追ってくる。
だが遅い。
身体を沈める。
槍を避ける。
そのまま走る。
――大盾が動いた。
「……!」
予想より速い。
盾が進路を塞ぐ。
俺は止まらない。
盾へ剣を叩き込む。
弾かれる。
重い。
その瞬間、剣士が横から斬り込んできた。
避ける。
槍。
後ろから来る。
身体を捻る。
避ける。
魔法使いが杖を掲げた。
炎。
俺は横へ飛ぶ。
地面が爆ぜた。
「……。」
全員が俺を見ている。
俺が魔法使いを狙うことを、最初から理解していた。
ならば。
大盾を倒す。
こいつを突破すれば魔法使いへ届く。
踏み込む。
剣を振る。
大盾が受ける。
二撃。
三撃。
盾が軋む。
だが、倒れない。
槍が突き込まれる。
避ける。
剣士が来る。
受ける。
魔法。
炎。
後退。
四方向から攻撃が飛んでくる。
俺はそれを一つずつ処理する。
攻撃。
防御。
回避。
反撃。
全て最適な動きを選んでいる。
なのに。
距離が縮まらない。
「……。」
おかしい。
大盾が前に出る。
俺が下がる。
槍が間合いを制する。
俺が横へ回る。
剣士がそこを塞ぐ。
魔法が逃げ道を潰す。
まるで四人ではなく、一つの生き物と戦っているようだった。
それでも、まだ勝てる。
俺は魔法使いを睨む。
次の炎。
発動までの時間。
約一秒。
その瞬間に踏み込む。
大盾。
無視。
槍。
避ける。
剣士。
受ける。
魔法使い。
――届く。
「っ!」
剣を振る。
杖を弾く。
魔法使いが後退する。
その隙にもう一度踏み込む。
剣の柄を腹へ叩き込む。
「ぐっ!」
魔法使いが倒れる。
四人から三人。
これでいい。
数が減った。
俺はすぐに距離を取る。
大盾。
槍。
剣。
三人。
昨日と同じ人数だ。
ならば勝てる。
そう判断した。
だが。
三人は崩れなかった。
むしろ――。
「……何?」
大盾が前へ出る。
槍がその横。
剣士が後ろ。
先ほどまで魔法使いがいた場所を完全に空けている。
誰も動揺していない。
仲間が倒れたというのに。
「行くぞ!」
三人が同時に踏み込んだ。
速い。
さっきより速い。
大盾の一撃。
避ける。
槍。
弾く。
剣士。
受ける。
大盾。
もう一撃。
身体を捻る。
槍が迫る。
後退。
逃げた先へ剣士。
「――!」
受ける。
腕が痺れた。
その瞬間、大盾が横から迫る。
避ける。
地面が砕ける。
「……っ。」
俺は距離を取った。
息が乱れる。
まだ勝てる。
そう思った。
だが。
俺が動くたびに、三人が動く。
一人を狙えば、二人が邪魔をする。
その二人を避ければ、残った一人が攻撃する。
先ほどまでなら、そこに魔法が加わっていた。
今は三人だけ。
なのに。
崩せない。
「……なら。」
俺は一人へ狙いを定めた。
剣士。
最も攻撃力が高い。
まず倒す。
踏み込む。
斬る。
受けられる。
もう一度。
斬る。
大盾が割り込む。
盾を弾く。
槍が来る。
避ける。
剣士へ。
――あと一歩。
その瞬間。
槍使いが俺の腕を狙った。
剣で受ける。
大盾が迫る。
避ける。
剣士が斬る。
受ける。
押し返す。
そして。
俺は気付いた。
こいつらは、俺を倒そうとしているのではない。
俺の行動を制限している。
逃げ道を一つずつ消している。
俺が最適だと思って選んだ場所へ、先回りしている。
「……。」
思考を加速させる。
霊帝の抱擁がさらに魔力を要求する。
ならば、もっと速く。
もっと正確に。
もっと合理的に。
身体が動く。
剣を振る。
槍を弾く。
盾を避ける。
剣士の懐へ入る。
斬る。
――浅い。
反撃。
肩を打たれる。
「……!」
痛み。
初めて、まともな一撃を受けた。
だが止まれない。
剣を握る。
もう一度。
しかし、大盾が俺の身体を吹き飛ばした。
地面を転がる。
立ち上がろうとする。
槍が喉元へ向けられた。
剣士が横に立つ。
大盾が正面。
逃げ道はない。
俺は剣を握ったまま、三人を見る。
「……。」
負けた。
その事実を認識するまで、少し時間が掛かった。
「勝負あり!」
闘技場が静まり返る。
そして次の瞬間。
大歓声が響いた。
俺は立ち上がる。
身体に大きな傷はない。
まだ戦える。
それなのに。
勝てなかった。
霊帝の抱擁を使った。
最適な判断をした。
何度も攻撃を避けた。
一人を倒した。
それでも。
負けた。
「……なぜだ。」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
観客席を見る。
ヴァイスが立っている。
ゆっくりと闘技場へ降りてきた。
「四人だから負けたんじゃない。」
「……。」
「お前が一人で戦っているから負けた。」
「俺は一人です。」
「ああ。」
ヴァイスはあっさり答えた。
「だから負けたんだ。」
それだけ言って、背を向ける。
俺はその背中を見つめた。
反論できなかった。
部屋へ戻る。
一人になった。
霊帝の抱擁は、まだ身体に残っている。
思考は冷静だ。
状況も理解できる。
だが。
「……答えがない。」
今までなら、力不足だと判断した。
もっと力があればいい。
もっと速ければいい。
もっと強ければいい。
そうすれば勝てる。
だが今日。
力は足りていた。
それでも負けた。
俺は初めて。
自分の力だけでは、解決できない問題があることを知った。




