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【暴食領平定編 西】 「三人の壁」

 昨日の戦いを、何度も頭の中で繰り返していた。


 三人。


 盾役が前に立ち、槍が間合いを制し、剣が隙を突く。


 単純な役割分担ではない。


 一人が動けば、残り二人も動く。


 俺が一人を狙えば、その瞬間に別の一人が俺の進路を塞ぐ。


 あの連携は、個人の技量だけでは崩せない。


 ならば。


 今日、同じ失敗をしなければいい。


「……問題ない。」


 闘技場へ向かう廊下で、俺は小さく呟いた。


 霊帝の抱擁を使う。


 感情を抑える。


 思考を研ぎ澄ませる。


 相手の行動を予測し、最適な選択をする。


 昨日より上手くやればいい。


 それだけだ。


 扉が開く。


 眩しい光が差し込んできた。


 昨日と同じように、観客席には大勢の人間がいる。


 俺が姿を現すと、すぐに歓声が上がった。


「来たぞ!」


「昨日の三人戦を見たか!」


「今日はどうなる!?」


 俺は歓声を無視して中央へ進む。


 反対側の門が開いた。


 現れたのは、昨日とは違う三人。


 一人は大剣。


 一人は槍。


 そしてもう一人は短剣を二本持っている。


 盾役はいない。


 だが、三人の立ち位置を見た瞬間に理解した。


 昨日より厄介だ。


 誰か一人が前衛になるのではない。


 三人全員が、互いの動きを補える距離にいる。


 大剣の男が一歩前へ出る。


 槍の男が僅かに後ろへ。


 短剣の男が横へ回る。


 その動きに無駄がない。


「……。」


 俺は剣を抜いた。


 霊帝の抱擁が身体を包む。


 世界が静かになる。


 観客の声が遠ざかる。


 呼吸。


 足音。


 相手の重心。


 全てが明確になる。


「始め!」


 大剣が振り下ろされた。


 速い。


 だが、避けられる。


 右へ移動。


 そこへ槍。


 予測通り。


 身体を捻る。


 槍が頬を掠める。


 同時に短剣が迫る。


 低い。


 狙いは足。


 跳ぶ。


 空中で身体を捻り、短剣を避ける。


 着地。


 大剣。


 槍。


 短剣。


 三方向。


「……。」


 昨日より完成度が高い。


 ならば、まず一人。


 最も動きが大きい大剣使い。


 あれを利用する。


 俺はわざと大剣の間合いへ入った。


「そこだ!」


 大剣が振り下ろされる。


 俺は紙一重で避ける。


 大剣が地面へ突き刺さる。


 その瞬間、槍が来る。


 だが、それも想定内。


 槍を剣で弾く。


 そして大剣使いの背後へ回る。


「もらった。」


 剣を振る。


 ――だが。


 短剣が割り込んだ。


 俺の剣と短剣がぶつかる。


 火花が散る。


「……。」


 大剣使いを守った。


 ならば次。


 短剣使いへ狙いを変える。


 一歩。


 二歩。


 踏み込む。


 短剣を弾く。


 そのまま首元へ剣を伸ばす。


 ――槍。


 横から突き込まれる。


 避ける。


 だが、その瞬間。


 大剣が振り上げられていた。


 後退。


 間一髪で避ける。


 大剣が地面を砕いた。


「……厄介だな。」


 思わず口に出た。


 三人は一度も互いの距離を崩していない。


 俺が誰を狙っても、残り二人が必ず補助する。


 ならば。


 一人を囮にする。


 俺は短剣使いへ向かって踏み込んだ。


 短剣が迫る。


 受ける。


 さらに一歩。


 相手が後退する。


 槍使いが助けに入ろうとする。


 予測通り。


 俺は身体を反転させた。


 槍の柄を掴む。


「――っ!」


 槍使いの身体を引き寄せる。


 そのまま大剣使いの前へ押し出した。


 大剣が止まる。


 一瞬。


 それで十分だった。


 俺は槍使いの懐へ入り、柄で腹を打つ。


「ぐっ!」


 倒れる。


 残り二人。


 すぐに短剣使いが俺へ飛び込んでくる。


 速い。


 だが、こちらも対応できる。


 剣を振る。


 短剣を弾く。


 さらに一撃。


 相手が後ろへ飛ぶ。


 大剣使いが横から迫る。


 俺はその剣を受け流し、懐へ入った。


「終わりです。」


 剣を首元へ向ける。


 大剣使いが動きを止める。


 その瞬間。


 短剣使いが背後から襲い掛かってきた。


 振り返る。


 剣で受ける。


 ――重い。


 短剣二本が連続して襲ってくる。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 受ける。


 弾く。


 避ける。


 だが、その間に倒したはずの大剣使いが起き上がった。


「……。」


 まだ動けるのか。


 俺は距離を取る。


 三人が再び並んだ。


 槍使いも立ち上がっている。


 腹を押さえながら、こちらを睨んでいる。


 俺は眉を寄せた。


 倒した。


 確かに一度は倒した。


 それでも、三人の連携は崩れなかった。


「立てるなら、まだ戦えるってことか。」


 大剣使いが笑う。


「そういうことだ。」


 再び三人が構える。


 今度は俺から動いた。


 大剣。


 槍。


 短剣。


 三人の動きを見ながら、最短の道を選ぶ。


 大剣を避ける。


 槍を弾く。


 短剣を受ける。


 一歩。


 さらに一歩。


 短剣使いの懐。


 斬る。


 相手の武器が弾かれた。


 その瞬間、槍が俺の脇を狙う。


 身体を逸らす。


 槍を掴む。


 引く。


 槍使いが体勢を崩した。


 そこへ大剣。


 俺は槍使いを盾にする。


 大剣が止まる。


 その一瞬。


 槍使いの足を払う。


 倒れる。


 短剣使いへ。


 一閃。


 短剣が飛ぶ。


 最後に大剣使い。


 互いに剣を構える。


「一対一ですね。」


「ああ。」


 男が笑った。


「ここまで来れば、俺の負けだ。」


 大剣が落ちる。


「勝負あり!」


 歓声が爆発した。


 俺は剣を鞘へ戻す。


 勝った。


 だが、息が少し乱れている。


 昨日より明らかに消耗していた。


 それでも、勝った。


 観客席を見る。


 ヴァイスがこちらを見ていた。


「……。」


 何を考えている。


 俺には分からない。


 やがてヴァイスが口を開いた。


「勝ったな。」


「はい。」


「なら、それでいい。」


「次は四人ですか。」


 ヴァイスは少しだけ目を細めた。


「ああ。」


「勝てます。」


「そうか。」


 ヴァイスはそれだけ言って、闘技場を去った。


 俺はその背中を見送る。


 四人。


 今までより一人多いだけだ。


 それなら、対応すればいい。


 俺には霊帝の抱擁がある。


 どんな状況でも、最適な答えを導き出せる。


 そう考えながら、俺は闘技場を後にした。


 夜。


 一人になった部屋で、今日の戦いを振り返る。


 何度も思い出す。


 槍使いを盾にした場面。


 仲間を囮にした場面。


 あの男は、自分が攻撃を受けることを理解していた。


 それでも動いた。


 なぜだ。


「……合理的だった。」


 そう結論づける。


 勝つためには必要な判断だった。


 自分一人が傷つくことで、仲間二人を生かせる。


 正しい。


 合理的だ。


 ――だが。


 あの時。


 あの男は笑っていた。


 仲間を庇うことを、嫌がっていなかった。


「……。」


 意味が分からない。


 そんなものは必要ない。


 勝利するためなら、最も効率のいい手段を選べばいい。


 霊帝の抱擁が、思考を静かに整えていく。


 余計なことを考える必要はない。


 明日は四人。


 ならば、四人を倒す。


 それだけだ。


 俺は目を閉じた。


 胸の奥に残った僅かな違和感を、見ないことにした。

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