【暴食領平定編 西】 闘技場
鉄格子が開いた。
扉の向こうには、薄暗い石造りの通路が続いている。
「歩け。」
兵士に促される。
俺は何も言わず歩き出した。
身体の重さは、先ほどよりかなりマシになっている。
薬の効果が切れてきたらしい。
霊帝の抱擁も問題なく使える。
魔力を巡らせる。
白銀の光が身体を包んだ。
「……。」
これなら戦える。
牢に閉じ込められた理由は分からない。
ヴァイスが何を考えているのかも分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
俺は戦うことになる。
ならば勝つ。
それだけだ。
長い階段を上る。
上へ。
さらに上へ。
やがて、前方から歓声が聞こえてきた。
「うおおおおおお!」
「出てきたぞ!」
「今日の相手は誰だ!」
歓声が近づいてくる。
扉が開かれた。
強い光が差し込む。
思わず目を細めた。
その先にあったのは、巨大な円形の闘技場だった。
観客席には大勢の人間がいる。
昨日、宴で見た顔もあった。
盗賊。
山賊。
傭兵。
そして、この城塞都市で鍛えられた者達。
誰もがこちらを見ている。
「サミエム!」
誰かが叫んだ。
「戦え!」
「見せてみろ!」
「ヴァイスが連れてきた奴だ!」
歓声が大きくなる。
俺は闘技場の中央へ進む。
砂が靴の裏に沈む。
剣を確認する。
俺の剣は、既に腰へ戻されていた。
周囲を見渡す。
観客席の一番高い場所。
そこにヴァイスが座っている。
腕を組み、こちらを見下ろしている。
その表情には、笑みもない。
ただ静かに俺を見ていた。
「相手は一人だ。」
ヴァイスが言う。
声はそれほど大きくない。
だが、闘技場全体に響いた。
反対側の門が開く。
男が一人、入ってきた。
大柄だった。
身長は俺より頭一つ分高い。
両手には短剣。
革鎧の上から、いくつもの傷跡が見える。
観客席が沸く。
「ガルド!」
「やれ!」
「新入りをぶっ倒せ!」
男――ガルドは肩を回した。
「俺が相手か。」
「そうらしい。」
「悪いな。」
男は笑う。
「ここじゃ、手加減してやる方が失礼なんだ。」
「そうですか。」
俺は剣を抜いた。
構える。
ガルドも短剣を構えた。
「始め!」
合図と同時に、男が飛び込んできた。
速い。
だが――。
遅い。
右。
左。
二本の短剣が交差する。
俺は身体を半歩ずらす。
一撃目を避ける。
二撃目。
剣の腹で弾く。
ガルドの身体が僅かに崩れた。
その隙へ踏み込む。
「なっ――」
一閃。
剣の柄で顎を打つ。
ガルドの身体が浮く。
倒れる前に、剣先を喉元へ向けた。
「……。」
静寂。
ほんの数秒前まで騒がしかった闘技場が、嘘のように静まり返っていた。
俺は剣を下ろす。
「勝負は終わりです。」
ガルドは倒れたまま、目を丸くしている。
「……何だ、今の。」
立ち上がろうとする。
だが、足元がふらついている。
「一体、何をした?」
「あなたの攻撃を避けて、反撃しただけです。」
「それだけ?」
「はい。」
観客席がざわめき始める。
「ガルドが負けた?」
「一撃だぞ。」
「嘘だろ……。」
俺はヴァイスを見る。
反応はない。
腕を組んだまま、こちらを見ている。
少しだけ目を細めた。
「……。」
何かを考えている。
だが、俺には関係ない。
勝った。
それでいい。
「次は?」
俺が尋ねると、ヴァイスはようやく口を開いた。
「今日は終わりだ。」
「……?」
「部屋へ戻せ。」
兵士が近づいてくる。
俺は剣を鞘へ戻した。
闘技場を出ようとした、その時だった。
「待て。」
ヴァイスの声。
俺は振り返る。
「何でしょう。」
「お前。」
「はい。」
「自分が強いと思っているか?」
妙な質問だった。
俺は少し考える。
答えは簡単だった。
「必要な力はあります。」
「そうか。」
ヴァイスはそれ以上何も言わなかった。
俺は兵士に連れられ、闘技場を後にする。
廊下へ出る。
歓声が遠ざかっていく。
今日の戦いは終わった。
一人。
相手は大した強さではなかった。
当然の結果だ。
霊帝の抱擁を使っている。
負ける理由がない。
そう考えながら歩いていた。
だが。
ヴァイスの最後の言葉だけが、妙に頭へ残っていた。
――自分が強いと思っているか?
「……。」
俺は足を止める。
そして、すぐに歩き出した。
考える必要はない。
明日も戦う。
なら、勝つだけだ。




