【暴食領平定編 西】 歓迎
ヴァイスに続いて、城塞の中を歩く。
外から見た印象とは違い、内部は妙に整っていた。
廊下には余計な装飾がない。
兵士達が行き交い、すれ違うたびに短く言葉を交わしている。
誰もが荒くれ者には見えない。
だが、全員が武器を持っていた。
「ここまで来る奴は珍しい。」
前を歩くヴァイスが、振り返らずに言った。
「そうですか。」
「俺に会いたがる奴なんて、大抵は喧嘩を売りに来るか、俺を利用しに来る。」
「俺は後者です。」
ヴァイスの足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「正直だな。」
「嘘をつく必要がありません。」
「……気に入った。」
そう言うと、再び歩き始めた。
連れてこられたのは、城内の広間だった。
大きなテーブルがいくつも並び、その上には大量の料理が置かれている。
肉。
パン。
野菜。
酒。
どうやら宴会の準備らしい。
「座れ。」
「話をするのでは?」
「話は飯を食ってからだ。」
「合理的ではありません。」
「そうか?」
ヴァイスは椅子へ腰掛けた。
「腹が減った状態で話すより、飯を食った方がいい。」
「それは合理的だ。」
「だろ?」
妙な男だった。
もっと冷酷な人物を想像していた。
帝王候補と呼ばれるほどの実力者。
無法者達を一人で制圧した男。
その割には、話し方は気さくだった。
俺も向かいの席へ座る。
すぐに料理が運ばれてくる。
「食え。」
「いただきます。」
肉を一切れ口へ運ぶ。
美味い。
城塞都市で出される料理とは思えない。
「どうだ?」
「美味しいです。」
「そうか。」
ヴァイスは満足そうに笑った。
その後も、いくつか質問をされた。
どこから来たのか。
何のために来たのか。
誰の命令なのか。
俺は答えられる範囲で答えた。
ただ、強欲帝の名を出した時だけ、ヴァイスは少しだけ目を細めた。
「マモンか。」
「はい。」
「なるほどな。」
それ以上は聞かなかった。
宴は思ったより長く続いた。
周囲には、この城塞都市に住む者達が集まっている。
盗賊だった者。
山賊だった者。
傭兵だった者。
様々な人間が酒を飲み、笑っている。
俺も何度か酒を勧められたが、断った。
明日の行動に支障が出る。
それに、俺は酒が好きだったかどうかすら、最近はよく分からない。
「飲まないのか?」
隣の男が聞いてくる。
「必要ありません。」
「つまらない奴だな。」
「よく言われます。」
男は笑った。
俺も少しだけ笑った。
――笑った?
一瞬、自分でも分からなくなる。
何が面白かったのか。
考えれば分かる。
相手が冗談を言った。
だから笑った。
ただ、それだけだ。
宴が終わったのは、夜もかなり深くなってからだった。
「部屋を用意してある。」
ヴァイスが言う。
「今日は休め。」
「明日の朝、話をします。」
「ああ。」
案内された部屋には、簡素なベッドと机が一つ。
窓の外には城塞都市の明かりが見える。
俺は荷物を置き、ベッドへ腰掛けた。
疲労はほとんどない。
霊帝の抱擁を維持しているからだ。
それでも目を閉じる。
眠ることは必要だ。
明日以降の行動に備えるため。
そう考えているうちに、意識が沈んでいった。
――どれほど時間が経ったのか。
ふと、喉の渇きを覚えた。
「……。」
身体を起こそうとする。
動かない。
いや。
動かせない。
身体に力が入らない。
「……何だ?」
視界が霞む。
霊帝の抱擁による強化も、まともに機能していない。
思考が鈍る。
眠気。
異常な眠気だった。
俺はベッドから立ち上がろうとした。
だが、膝から力が抜ける。
「……薬……。」
食事。
酒。
いや、酒は飲んでいない。
ならば――。
「……食事に……。」
混入。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
次に目を覚ました時。
そこにあったのは、見知らぬ天井だった。
石造り。
薄暗い。
冷たい床。
俺はゆっくりと身体を起こした。
「……。」
両手を見る。
武器はない。
荷物もない。
そして。
目の前には鉄格子。
「牢獄……?」
立ち上がる。
鉄格子を掴む。
重い。
霊帝の抱擁を使おうとする。
魔力を巡らせる。
だが、まだ身体が重い。
「起きたか。」
声がした。
格子の向こう。
そこにはヴァイスが立っていた。
「ヴァイス。」
「気分はどうだ?」
「最悪です。」
「そうか。」
ヴァイスは笑った。
「なら、元気そうだ。」
「何のつもりですか。」
「簡単だ。」
ヴァイスは背を向ける。
「今日からお前には、ここで戦ってもらう。」
「……。」
「闘技場でな。」
その言葉を聞いた瞬間。
俺は初めて、この男の目的が単なる歓迎ではなかったことを理解した。




