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【暴食領平定編 西】 国境の亡霊

 村を出てから二日。


 西へ進むほど、景色は変わっていった。


 草原は減り、代わりに岩肌の露出した山道が増えていく。


 街道も荒れていた。


 以前は多くの兵士や商人が行き交っていたのだろう。


 しかし今は、道の端に崩れた石碑や朽ちた柵が残されているだけだった。


 かつて国境だった場所。


 その名残だ。


「……ここか。」


 遠くを見る。


 山と山の間。


 巨大な城壁が見えた。


 山肌そのものを利用して築かれた、巨大な城塞。


 左右へ伸びる城壁は山に食い込み、その中央には巨大な門がある。


 かつては敵国から領土を守るために作られたのだろう。


 だが。


 近づくにつれ、その異様さが分かってきた。


「……妙だな。」


 城壁の上に兵士がいる。


 数は多い。


 だが、装備が統一されていない。


 革鎧。


 鉄鎧。


 古びたローブ。


 中には武器だけを持った者までいる。


 兵士ではない。


 冒険者。


 傭兵。


 そして――盗賊。


 門の前にも、様々な人間がたむろしていた。


 酒を飲んでいる者。


 賭けをしている者。


 武器の手入れをしている者。


 明らかに堅気ではない男達が、堂々と城塞都市を出入りしている。


「噂通りか。」


 この場所は、もう国境を守るための都市ではない。


 秩序を失った人間達が集まる場所。


 そう聞いていた。


 だが。


 何かがおかしい。


 騒がしい。


 荒れている。


 それなのに――統制されている。


 男達が好き勝手にしているように見えて、誰も城壁へ近づこうとはしない。


 酒に酔った男が騒いでいる。


 その横を別の男が通る。


「邪魔だ。」


「悪い。」


 それだけ。


 喧嘩にはならない。


 別の場所では二人の男が睨み合っていた。


 しかし、周囲の視線を感じると、どちらからともなく武器を収める。


 妙な空気だった。


「……盗賊の巣窟という話ではなかったのか。」


 思わず呟く。


 その時。


「兄ちゃん。」


 門の横に座っていた男が声を掛けてきた。


「この街は初めてか?」


「そうだ。」


「なら気を付けな。」


「何に?」


 男は酒瓶を傾けながら笑う。


「喧嘩だよ。」


「この街で喧嘩するなら、相手は選んだ方がいい。」


「……。」


「昔は好き勝手やってた奴らもいたけどな。」


 男は城壁の上を見る。


「今は違う。」


「誰が治めている?」


 聞くと、男は少しだけ笑った。


「知らないのか?」


「最近来たばかりなんでね。」


「ヴァイスだ。」


 その名が出た瞬間。


 周囲にいた数人の男達がこちらを見る。


 空気が変わった。


 俺はそれを見逃さなかった。


「……ヴァイス。」


「ああ。」


 男は酒瓶を置く。


「少し前に、この街へ来た。」


「それで?」


「俺達を全員ぶっ倒した。」


 笑っている。


 だが、その笑顔には恐怖が混じっていた。


「一人で?」


「そうだ。」


「……。」


「最初は、ただの馬鹿だと思ったよ。」


 男は肩をすくめる。


「俺達が何人いたと思う?」


「知らない。」


「百人以上だ。」


「……。」


「それを一人で叩き潰した。」


 男の視線が城塞の奥へ向く。


「それだけじゃない。」


「俺達に言ったんだ。」


 少し間を置いて。


「――死にたくなければ、俺の下で鍛えろってな。」


 俺は黙って城塞を見た。


 盗賊や山賊の巣窟。


 その認識は間違っていない。


 だが、今は違う。


 ここにいる人間達は、何かに従っている。


 ヴァイス。


 それが、この都市を変えた男の名前。


「入るなら、武器は預けなくていい。」


 男が言う。


「ただし、勝手なことはするな。」


「分かった。」


 門へ向かう。


 衛兵がこちらを見た。


 やはり装備はばらばら。


 しかし立ち方は違う。


 隙がない。


 視線。


 姿勢。


 武器の位置。


 全員が同じように警戒している。


 ただの盗賊ではない。


 訓練されている。


 俺が門を通ろうとした時、一人の男が声を掛けてきた。


「目的は?」


「ヴァイスに会いたい。」


 衛兵が眉を上げる。


「……名前は?」


「アレクシエル・サミエム。」


「分かった。」


 それだけだった。


 妙にあっさりしている。


 俺は城塞の中へ入る。


 そこで、初めて気付いた。


 城塞都市の中心。


 かつて軍事施設だったと思われる巨大な建物。


 その周囲に、人が集まっている。


 訓練場。


 木剣を持った男達が、一定の間隔で並んでいる。


「一、二、三!」


 掛け声。


 一斉に踏み込む。


 動きが揃っていた。


 盗賊の集団とは思えない。


 さらに奥では、数人が組み合っている。


 誰かが倒れる。


 だが、倒れた男はすぐに立ち上がる。


「もう一度!」


 声が飛ぶ。


 休む暇もない。


 その様子を見て、俺は足を止めた。


「……訓練しているのか。」


 近くにいた男が笑う。


「毎日だ。」


「朝から晩までな。」


「ヴァイスが来てからずっとだ。」


 俺は訓練場を見つめる。


 荒くれ者達。


 盗賊。


 山賊。


 傭兵。


 様々な人間がいる。


 それでも、その全員が同じ動きをしていた。


「……なるほど。」


 少しだけ興味が湧いた。


 帝王候補。


 ヴァイス。


 ただの力自慢ではないらしい。


 その時。


 訓練場の奥から、一人の男が歩いてきた。


 黒髪。


 細身。


 だが、身体には無駄な筋肉が一切ない。


 腰には剣。


 その目は鋭い。


 男がこちらを見る。


 視線が交わった。


「……。」


 何も言わない。


 ただ、俺を見ている。


 周囲の人間達も一斉に静かになる。


 まるで、この都市そのものが男の存在に反応しているようだった。


 俺は直感する。


 この男が――。


「ヴァイス。」


 男は答えなかった。


 ただ、口元を僅かに歪める。


 そして。


「来い。」


 それだけ言って、城塞の奥へ歩いていった。

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