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【暴食領平定編 西】 感謝

 夜が明ける前に、村へ戻った。


 門の前には誰もいない。


 当然だ。


 こんな時間に外へ出る者などいない。


 俺は門を軽く叩いた。


「誰か。」


 しばらくして、内側から足音が聞こえてくる。


「……誰だ?」


 眠そうな声。


 小窓が開く。


 村人が顔を覗かせ、俺を見るなり目を見開いた。


「あなたは……!」


「昨日、魔物を討伐した者です。」


「どうしてここへ?」


「物資を失いました。」


 余計な説明はしない。


「食料と水を分けてほしい。」


 村人は驚いたような顔をした。


「もちろんです!」


 すぐに門が開かれる。


 村の中へ入ると、昨日とは違う静けさがあった。


 魔物に襲われた痕跡は残っている。


 壊れた柵。


 踏み荒らされた畑。


 だが、村人達は既に復旧作業を始めていた。


「昨日の人だ!」


 誰かが叫んだ。


 その声を聞いた別の村人が振り返る。


「ああ!」


「戻ってきたのか!」


 次々と人が集まってくる。


 少し騒がしい。


「どうされたんです?」


「何か困ったことでも?」


「怪我はありませんか?」


 質問が飛んでくる。


 俺は一つずつ答えた。


「怪我はない。」


「物資を失った。」


「だから補給に戻った。」


 それだけだ。


 すると、昨日の老人が人混みを掻き分けて現れた。


「おお……!」


 俺を見るなり、嬉しそうに笑う。


「無事だったか!」


「はい。」


「それはよかった。」


 老人は俺の肩を軽く叩いた。


「食料ならいくらでも持っていきなさい。」


「水もだ。」


「宿も使っていい。」


「必要なものがあれば言ってくれ。」


 次々と声が上がる。


「そこまでしてもらう必要はありません。」


 そう答えると、老人は首を横に振った。


「昨日、村を救ってもらったんだ。」


「これくらいはさせてくれ。」


「……。」


 俺は黙った。


 合理的に考えれば、必要な分だけ受け取ればいい。


 食料。


 水。


 それ以外はいらない。


 余分なものを持てば移動速度が落ちる。


 だから断る。


 そう判断しようとした。


 だが。


「サミエムさん!」


 声がした。


 振り向く。


 昨日の少女だった。


 その隣には、女性が立っている。


 少し顔色が悪い。


 だが、自分の足で立っている。


「この人がお母さんです。」


「昨日はありがとうございました。」


 女性が頭を下げる。


「娘から聞きました。」


「あなたが薬師を呼んでくれたのではなく、村まで来て魔物を倒してくれたと。」


「……。」


 違う。


 俺は薬師を呼んだわけではない。


 たまたま村へ来ただけだ。


 そう説明しようとした。


 だが、少女が笑っている。


「お母さん、昨日ずっとあなたのこと話してたんだよ。」


「私も、また会えたらお礼を言おうって思ってた!」


「……そうですか。」


 それしか言えなかった。


 少女は嬉しそうに笑う。


「はい!」


 その笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 霊帝の抱擁を使っているはずなのに。


 感情は捨てたはずなのに。


 何故だ。


 俺は視線を逸らした。


「物資をいただきます。」


「ええ。」


「ただし、必要な分だけ。」


「分かった。」


 老人が笑う。


 村人達が食料と水を集めてくれる。


 昨日より少し多い。


「多すぎます。」


「道中で何があるか分からん。」


「持っていけ。」


「……。」


 合理的に考えれば、多少多い程度なら問題ない。


 むしろ途中で補給する手間が省ける。


「分かりました。」


 受け取る。


 水袋。


 乾燥肉。


 パン。


 簡単な保存食。


 それらを荷物へ詰めていく。


 準備が終わる頃には、村の入口に人が集まっていた。


「お気を付けて!」


「西へ行くんでしょう?」


「旅の無事を祈ってるよ!」


 俺は足を止める。


 振り返る。


 大勢の村人達がいる。


 昨日、俺が助けた人達。


 その顔を見る。


 誰もが笑っている。


 俺は小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 その言葉に、村人達がさらに笑った。


 少女も手を振っている。


「またね!」


 俺は手を上げた。


 ほんの少しだけ。


 それだけだった。


 村を出る。


 街道へ戻る。


 歩きながら、俺は自分の手を見る。


「……。」


 何かがおかしい。


 昨日までなら、こんなことは考えなかった。


 任務を遂行する。


 必要なことだけをする。


 それで十分だった。


 だが今は。


 村人達の顔が頭から離れない。


 少女の笑顔。


 母親の感謝。


 老人の声。


 どれも任務には関係ない。


 必要でもない。


 なのに――。


「悪くなかった。」


 ぽつりと呟いた。


 その言葉を、自分自身が一番意外に思った。


 西へ向かう。


 歩みは止めない。


 だが昨日とは、ほんの少しだけ違う。


 俺は何度か振り返った。


 遠ざかっていく村を。


 そこに残る人々を。


 そして、ようやく前を向いた。


 城塞都市までは、まだ遠い。


 ヴァイスが待っている。


 任務を果たさなければならない。


 それでも。


 昨日よりほんの少しだけ。


 西へ向かう足取りが、軽くなっていた。

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