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【暴食領平定編 西】 夜襲

 夜。


 森の中に小さな焚き火を作り、俺はその前に座っていた。


 薪が弾ける音だけが静かな森に響いている。


 昼間の村からは、かなり離れた。


 もう戻る必要はない。


 明日の朝には出発する。


 城塞都市までは、予定通りならあと一日半。


 ヴァイスと接触し、交渉する。


 それが終わればラクスウェルへ戻る。


 簡単な任務だ。


 少なくとも、俺はそう考えていた。


「……。」


 焚き火へ薪を一本放り込む。


 炎が大きく揺れた。


 今日一日のことを思い返す。


 魔物を倒した。


 村を助けた。


 そして今、野営している。


 特別なことは何もない。


 なのに、どうにも落ち着かなかった。


 霊帝の抱擁を使っている。


 身体には疲労がない。


 思考も明瞭だ。


 それなのに、胸の奥に小さな違和感が残っている。


 昼間の村。


 あの少女。


 助けてくれてありがとう、と言った時の顔。


「……何を考えている。」


 自分に言い聞かせる。


 感情に意味はない。


 必要なのは結果だ。


 俺は剣士だ。


 任務を遂行する。


 それだけでいい。


 そう思った瞬間だった。


 ――ガサッ。


 森の奥で枝が折れた。


 俺は顔を上げる。


「……。」


 風ではない。


 音が一つ。


 そして、二つ。


 複数。


 俺は立ち上がり、剣を抜いた。


 霊帝の抱擁が身体を強化する。


 周囲を見渡す。


 暗闇。


 木々。


 茂み。


 その向こうに気配がある。


 数は――十。


 いや。


「……多いな。」


 次の瞬間。


 茂みから魔物が飛び出した。


 狼。


 昼間に村を襲ったものと同じ種類。


 ただし、数が違う。


 十数体。


 それが一斉にこちらへ飛び掛かってくる。


 俺は一歩後ろへ下がった。


 右。


 左。


 正面。


 全ての動きが見える。


 剣を振る。


 一体。


 踏み込む。


 二体。


 身体を捻る。


 三体。


 四体。


 五体。


 斬る。


 突く。


 避ける。


 魔物の牙が鎧を掠める。


 俺は身体を沈め、懐へ潜り込む。


 一閃。


 倒れる。


 さらに一体。


 その背後から別の魔物が飛び掛かってくる。


 振り返る。


 遅い。


 剣を逆手に持ち替え、首を斬り落とす。


 残り六体。


 五体。


 四体。


「……。」


 勝てる。


 その確信がある。


 霊帝の抱擁を使っている俺が、こんな魔物に負けるはずがない。


 だが――。


 ドンッ!


 背後で大きな音がした。


「……?」


 振り返る。


 荷物が置いてあった場所。


 巨大な狼が一体、そこへ突っ込んでいた。


 食料袋が破れる。


 乾燥肉が地面へ散らばる。


 水袋も噛み破られ、水が土へ染み込んでいく。


「……っ。」


 俺は魔物を蹴り飛ばした。


 だが、その一瞬の隙を別の狼が狙う。


 剣を振る。


 首を斬る。


 残り三体。


 二体。


 一体。


 最後の一体が逃げようとした。


 追う。


 一閃。


 終わった。


 森に静寂が戻る。


 俺は息を整えながら、周囲を見渡した。


 魔物の死体。


 折れた木。


 荒れた地面。


 そして――。


「……。」


 破れた荷物。


 散らばった食料。


 空になった水袋。


 俺は黙ってそれを拾い上げる。


 食料。


 ほとんど残っていない。


 水。


 ない。


 替えの衣服。


 一部が破れている。


 火打石。


 無事。


 寝具。


 無事。


 武器。


 問題なし。


 だが、このまま進むのは難しい。


 城塞都市まで一日半。


 水も食料も足りない。


 途中に補給できる場所はない。


 合理的に考えれば――。


「……戻るしかないか。」


 村。


 あそこなら物資を分けてもらえる可能性がある。


 しかし、戻れば半日以上の遅れになる。


 予定が狂う。


 ヴァイスとの接触も遅れる。


 それでも。


 このまま進めば、途中で水が尽きる。


 任務を失敗する可能性が高い。


 だから戻る。


 それが合理的だ。


「……。」


 剣を鞘へ戻す。


 焚き火を消す。


 荷物をまとめる。


 魔物の死体を一瞥する。


 倒した。


 それだけだ。


 勝利の喜びもない。


 怒りもない。


 恐怖もない。


 ただ、予定外の事態が発生した。


 だから対応する。


 それだけ。


 俺は夜の森を歩き始めた。


 向かう先は西ではない。


 昼間の村。


 来た道を戻る。


 月明かりが木々の隙間から差し込んでいる。


 足音だけが森に響く。


 その途中。


 ふと、昼間の少女の顔が頭をよぎった。


 助けを求めていた顔。


 笑っていた顔。


 そして――。


「ありがとう。」


 あの言葉。


 俺は足を止めた。


 なぜ、今思い出した。


 理由は分からない。


 分からないまま、再び歩き始める。


 夜は深くなっていく。


 そして俺は、もう一度あの村へ戻ることになった。

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