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【暴食領平定編 西】合理的な剣

 西へ向かって半日。


 ラクスウェルの街並みは既に見えなくなり、代わりに広大な草原が地平線まで広がっていた。


 風が吹く。


 草が波のように揺れ、夏の匂いを運んでくる。


 昔の俺なら、この景色を綺麗だと思ったのだろうか。


 そんなことを考えかけて、すぐに思考を止めた。


 必要のない思考だ。


 景色を眺めても目的は達成できない。


 今の目的はただ一つ。


 西の帝王候補――ヴァイスと接触すること。


 そのために歩き続ける。


 それだけでいい。


 不意に、風向きが変わった。


 血の臭い。


 獣臭。


 同時に複数の気配が森の中で動く。


「……。」


 剣へ手を掛ける。


 次の瞬間、木々をなぎ倒しながら巨大な影が飛び出した。


「ギャアアアアッ!」


 熊型魔物。


 全長は四メートルほど。


 漆黒の体毛に覆われた巨体が、大地を揺らしながら突進してくる。


 その背後にはさらに二体。


 群れか。


 討伐難度はB級程度。


 冒険者なら十数名は必要になる。


 だが。


「遅い。」


 一歩踏み出す。


 霊帝の抱擁によって強化された身体は、既に熊型魔物の懐へ入り込んでいた。


 横薙ぎ。


 首が飛ぶ。


 返す刃で二体目の前脚を断ち切り、そのまま心臓を貫く。


 三体目が咆哮を上げる。


 その咆哮より早く、剣先が喉を貫いていた。


 血飛沫が舞う。


 三体同時討伐。


 掛かった時間は十秒にも満たない。


 剣を払い、鞘へ納める。


 魔物はもう動かない。


 その時だった。


「た、助かった……!」


 街道脇の荷馬車から、中年の商人が飛び出してきた。


 護衛らしき男も腰を抜かして座り込んでいる。


「ありがとうございます!」


「もう駄目かと思いました!」


 深々と頭を下げられる。


 俺は魔物の死体を一瞥し、そのまま歩き始めた。


「え……?」


「お、お礼だけでも!」


「必要ありません。」


 足は止めない。


「魔物は道を塞いでいました。」


「排除しただけです。」


 それ以上話すことはない。


 護衛も商人も呆然と俺の背中を見送っていた。


 しばらく歩く。


 剣はまだ温かい。


 戦闘直後だというのに呼吸一つ乱れていなかった。


 霊帝の抱擁。


 この付与術を維持している限り、疲労も恐怖もほとんど感じない。


 戦闘中に迷うこともない。


 最も効率的な動き。


 最も合理的な剣筋。


 身体が自然と答えを導き出してくれる。


 だから強い。


 考える必要すらない。


 その方が無駄がない。


 街道を歩く旅人達の視線を感じる。


「今の見たか?」


「三体だぞ……。」


「騎士団でも苦戦する相手じゃ……。」


 小さなざわめき。


 賞賛。


 畏怖。


 羨望。


 様々な感情が向けられている。


 だが、興味はなかった。


 評価されても任務は終わらない。


 目的地へ着かなければ意味がない。


 西へ。


 歩みを止める理由はない。


 昼を過ぎた頃、小さな分かれ道へ差しかかった。


 木製の道標。


 西――城塞都市。


 南――開拓村。


 迷うことなく西へ向かおうとした、その時。


「お兄さん!」


 幼い声が響いた。


 振り返ると、十歳ほどの少女が息を切らして駆け寄ってくる。


「お願い!」


「お母さんが倒れちゃって!」


「薬師さんを呼んできて!」


 少女の目には涙が浮かんでいた。


 薬師のいる町は南。


 ここから往復すれば半日は掛かる。


 西へ向かえば日没までに予定地点へ到着できる。


 頭の中で瞬時に計算する。


 任務。


 移動時間。


 成功率。


 損失。


 結論はすぐに出た。


「……できない。」


 少女の表情が固まる。


「俺には優先すべき任務がある。」


「他を当たってくれ。」


 それだけ告げ、踵を返す。


「ま、待って!」


「お願い!」


 少女の叫びが背中へ届く。


 だが、振り返らない。


 足も止めない。


 これが最適解。


 西へ向かう。


 それが今の使命だ。


 そう判断した。


 だから迷わない。


 少女の泣き声は、やがて風の音へ溶けて消えていった。


 空は高く澄んでいる。


 太陽は西へ傾き始めていた。


 目的地まで、あと二日。


 俺はただ、前だけを見て歩き続けた。

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