【暴食領平定編 西】西への勅命
ラクスウェル城、正門前。
朝靄の残る石畳に、二人の男が向かい合って立っていた。
「じゃあ、俺は東。」
灰崎は肩に担いだ刀を軽く揺らしながら笑う。
「お前は西だ。」
「ああ。」
短く返事をする。
互いに向かう先は違う。
だが目的は一つだった。
迫り来る世界大戦に備え、戦力を集めること。
東には灰崎。
西には俺。
怠惰帝アルヴ・レガリアと四天王が加わったとはいえ、それだけでは帝王同士の戦争を乗り切れる保証はない。
だからこそ、マモンは俺達を二手に分けた。
「東の奴は任せる。」
「西は頼んだぞ。」
「言われるまでもない。」
灰崎は苦笑した。
「相変わらず真面目だな。」
その笑みに、俺も小さく頷く。
本当なら、いつも通り二人で旅をした方が効率はいい。
互いの癖も知り尽くしている。
戦闘も連携も、今さら言葉は必要ない。
それでも今回は違う。
二人同時に動かなければ間に合わない。
それほど状況は切迫していた。
「気を付けろよ。」
「……お前もな。」
それだけ言葉を交わし、互いに背を向ける。
振り返ることはない。
次に顔を合わせる時は、それぞれ成果を持ち帰る時だ。
城門を抜ける。
朝日が街道を照らし始めていた。
西へ。
ただ、それだけを考える。
胸の奥に揺れていた迷いも、不安も、今は静かだった。
いや。
静か過ぎる。
何も感じない。
そんな感覚に、少しだけ違和感を覚える。
「……。」
右手を見る。
白銀の魔力が、皮膚の上を淡く流れていた。
霊帝の抱擁。
怠惰帝との一件以来、俺はこの付与術を解除していない。
魔力効率。
身体能力。
思考速度。
全てが向上する。
戦うためなら、これほど合理的な力は存在しない。
だから使う。
ただ、それだけだ。
そう考えた瞬間だった。
「サミエム様!」
背後から声が飛ぶ。
振り返ると、城門を守る兵士が駆け寄ってきていた。
「どうかされましたか。」
「これを。」
差し出されたのは、小さな革袋。
「道中の携帯食です。」
「城の料理長が、持っていけと。」
「……。」
受け取る。
温かい。
焼きたてなのだろう。
「ありがとうございます。」
「いえ! お気を付けて!」
兵士は深々と頭を下げる。
俺も軽く会釈を返し、再び歩き始めた。
合理的に考えるなら。
途中の村で補給すればいい。
わざわざ荷物を増やす必要はない。
だが。
「……。」
袋を捨てようとは思わなかった。
料理長の厚意。
兵士の気遣い。
それを無下にする理由もない。
腰へ括り付ける。
その程度の判断は、まだできるらしい。
街道へ出る。
人影はまばらだった。
旅商人。
冒険者。
荷馬車。
皆、それぞれの目的地へ向かって歩いている。
俺はその横を一定の速度で進み続ける。
速過ぎず。
遅過ぎず。
最も疲労が少ない歩幅。
最も効率的な呼吸。
最も無駄のない歩行。
昔なら鼻歌でも歌っていたのだろうか。
そんな記憶すら曖昧だった。
「……これでいい。」
目的はヴァイス。
西の帝王候補。
仲間にする。
それだけだ。
余計なことは考えなくていい。
考える必要もない。
歩き続ける。
西へ。
ただ、西へ。
その時だった。
街道脇の草むらが揺れた。
気配。
魔物。
三体。
狼型。
脅威度は低い。
剣を抜く。
一歩。
踏み込む。
首。
首。
首。
三つの斬撃が交差し、魔物は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。
納刀。
四秒。
想定通り。
足を止める理由はない。
そのまま歩き出す。
背後では旅商人達が呆然と立ち尽くしていた。
「す、すげぇ……。」
「今、何が起きた……?」
聞こえていた。
だが、返事はしない。
感謝されるために剣を振ったわけではない。
道を塞ぐ障害だった。
排除した。
それだけ。
歩く。
ただ、歩く。
白銀の魔力は、静かに俺を包み続けていた。




