【暴食領平定編 東】 あなたの力が必要だ
紫色の鎖が雪原を這う。
空気が震え、雪が渦を巻きながら舞い上がる。
「どうして……。」
ヴィオラは膝をついたまま、両手で頭を押さえていた。
「どうして……!」
鎖が一本、また一本と増えていく。
感情へ呼応するように。
雪月鬼たちは誰も近付けない。
「ヴィオラ様!」
「駄目です!」
「近寄るな!」
長老らしき雪月鬼が叫ぶ。
「あれは……!」
声が震えていた。
「感情に呑まれておられる……!」
僕はゆっくり前へ出る。
「零!」
アリフィカが腕を掴んだ。
「危ない!」
「分かってる。」
それでも歩みは止めない。
魂視にははっきり映っていた。
ヴィオラ自身が、この力を制御出来ていない。
「来ないで!」
ヴィオラが叫ぶ。
鎖が地面を叩く。
轟音。
雪原が大きく抉れた。
「近付かないで!」
「私は!」
「私は……!」
言葉にならない。
涙だけが溢れ続ける。
「ヴィオラさん。」
僕は立ち止まった。
「聞いてください。」
「嫌です!」
鎖が襲い掛かる。
三本。
四本。
鞭のように空を裂く。
魂視で軌道を読む。
右。
左。
上。
最小限の動きで避ける。
しかし一本だけ避け切れない。
杖を差し込む。
ガンッ!!
衝撃で数歩後ろへ押し戻された。
「零!」
「大丈夫。」
腕は痺れた。
だが折れてはいない。
「ヴィオラさん!」
僕は声を張る。
「あなたは勘違いしてる!」
「何がですか!!」
泣き叫ぶ。
「あなたは認められた!」
「違う!」
鎖が暴れる。
「認められてない!」
「一度も!」
「褒められてない!」
「見てもらえてない!」
「それでも!」
僕も負けじと叫ぶ。
「あなたのお父さんは!」
「最後まで!」
「あなたを研究へ近付けなかった!」
「だから何ですか!」
「私は!」
「役立たずだったから!」
「違う!」
思わず一歩踏み込む。
「役立たずなら!」
「側に置かない!」
ヴィオラが息を呑む。
「荷物も運ばせない!」
「資料も触らせない!」
「毎日会わせもしない!」
「でも!」
「あなたはずっと側にいた!」
「それは!」
「娘だったからだ!」
一瞬だけ。
鎖が止まる。
ヴィオラの瞳が大きく揺れた。
「違う……。」
「違います……。」
震える声。
「だったら!」
「どうして!」
「一度も!」
「認めてくれなかったんですか!!」
その叫びと同時に。
紫色の鎖が一斉に僕へ襲い掛かった。
「零!」
アリフィカが咄嗟に魔法陣を展開する。
「防御魔法!」
薄い光の膜が僕を包む。
直後。
鎖が激突した。
バキィン!!
防御魔法が砕け散る。
勢いは僅かに弱まった。
その隙へ身体を滑り込ませる。
鎖の内側。
ヴィオラの目の前まで一気に踏み込んだ。
「え……。」
ヴィオラの瞳が揺れる。
彼女はもう拳を振るえなかった。
近すぎる。
魂術なら。
今なら届く。
魂視の中で。
紫色の感情が激しく燃え上がる。
条件は揃っている。
でも。
僕は杖を下ろした。
「……どうして。」
ヴィオラが呟く。
「魂術を。」
「使わないんですか。」
その声には怒りではなく、戸惑いだけがあった。
僕は静かに笑う。
「使う必要がないからです。」
「……え。」
「僕は。」
一歩だけ近付く。
「あなたを倒しに来たんじゃない。」
真っ直ぐ目を見る。
「仲間になってほしくて来た。」
「あなたの力が必要なんです。」
その言葉に。
ヴィオラの呼吸が止まる。
父から一度も掛けられなかった言葉。
ずっと欲しかった言葉。
その一言が、誰よりも憎むはずだった相手の口から、真っ直ぐ届けられた。
ヴィオラの瞳が大きく揺れる。
紫色の鎖もまた、小さく震え始めていた。




