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【暴食領平定編 東】 魂鎖

「……羨ましい。」


 その一言が、雪原へ静かに落ちた。


 ヴィオラ自身も、その言葉が口をついて出たことに驚いているようだった。


「違う……。」


 首を振る。


「私は。」


「そんなこと……。」


 否定しようとする。


 けれど、一度零れ落ちた感情はもう止まらない。


 僕は魂視を解かずに、その色を見つめていた。


 黒。


 紫。


 二つの色が激しく混ざり合っている。


 今まで見たことがないほど不安定だった。


「ヴィオラさん。」


 一歩前へ出る。


「もう終わりにしましょう。」


「十分です。」


「あなたの気持ちは伝わりました。」


「嫌です。」


 即答だった。


 その声には、もう先ほどまでの冷静さはない。


「まだ。」


「まだ終われません。」


「何故ですか。」


「だって。」


 ヴィオラは俯く。


「終わったら。」


 肩が震えている。


「私は。」


「何も残らない。」


 その言葉に胸が痛んだ。


「父のために生きて。」


「父に認められたくて。」


「それだけを支えに生きてきた。」


「その父が。」


「全部間違っていたなんて。」


 ゆっくり顔を上げる。


 瞳は涙で滲んでいた。


「そんなこと。」


「認められる訳ないでしょう……。」


 その叫びは悲鳴だった。


 怒りではない。


 悲しみでもない。


 心そのものが壊れそうな声。


「零。」


 アリフィカが小さく呼ぶ。


 僕も気付いていた。


 ヴィオラの魔力が急激に膨れ上がっている。


「……?」


 ヴィオラ自身も異変に気付いたようだった。


「何……これ。」


 白銀の法衣が揺れる。


 足元の雪がふわりと浮き上がる。


 空気が震え始めた。


「ヴィオラさん!」


「違う。」


 彼女は混乱したように周囲を見る。


「私は何も……!」


 その瞬間だった。


 ドクン。


 大気が脈打った。


 ヴィオラの胸元から、紫色の光が溢れ出す。


「なっ……!」


 雪月鬼たちがどよめいた。


「ヴィオラ様!」


「下がってください!」


 誰かが叫ぶ。


 しかし誰も近付けない。


 凄まじい魔力が周囲を包み込んでいた。


 ヴィオラは苦しそうに胸を押さえる。


「苦しい……。」


「何で……。」


「止まらない……!」


 僕は目を見開く。


 この現象には見覚えがあった。


「まさか……。」


 魂視の中で。


 ヴィオラの魂から、無数の鎖が伸び始めていた。


 紫色の鎖。


 感情そのものが形になったような、不気味な光。


「零!」


 アリフィカが僕を見る。


「これって!」


「ああ……。」


 間違いない。


「魂鎖だ。」


 ヴィオラが顔を上げる。


「こんなの……。」


「私は知らない!」


 鎖が腕へ巻き付く。


 足へ。


 身体へ。


 まるで拘束するように絡み始める。


「嫌……!」


「嫌ぁっ!!」


 その叫びと同時に。


 鎖が弾けた。


 バキィィン!!


 凄まじい衝撃波が雪原を吹き飛ばす。


 雪月鬼たちが後方へ飛ばされる。


 僕も杖を突き立て、何とか踏み止まった。


 視界の先。


 ヴィオラは膝をついたまま肩で息をしている。


 鎖はまだ消えていない。


 身体の周囲をゆっくりと漂っている。


「どうして……。」


 涙が止まらない。


「どうして。」


「私じゃないんですか。」


 震える声。


「どうして。」


 僕を見る。


 アリフィカを見る。


 二人を見比べる。


「どうしてあなたは。」


「そんな風に。」


「認めてもらえるんですか。」


 その言葉と共に。


 紫色の鎖がさらに濃く染まった。


 魂視の中で、その色ははっきりと分かる。


 嫉妬。


 渇望。


 承認されたいという願い。


 抑え続けた感情が、一つの力へ変わろうとしていた。


 僕は静かに杖を握り直す。


 ここからが、本当の戦いになる。


 そう直感していた。

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