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【暴食領平定編 東】 ぶつける拳

「違う。」


 静かに言う。


「クラウソラスさんは。」


「僕を認めてなんかいません。」


 ヴィオラの拳が止まる。


 雪が二人の間へ静かに降り積もる。


「……え。」


「最後まで。」


「僕は研究材料でした。」


「魂術を完成させるための。」


「あなたが思っているような関係じゃない。」


 数秒。


 本当に数秒だけ、ヴィオラは動かなかった。


 やがて――。


「……嘘です。」


 震える声だった。


 僕は首を横へ振る。


「嘘じゃない。」


「嘘ですッ!!」


 叫びと同時に雪面が砕けた。


 爆発するような踏み込み。


 さっきまでとは比べ物にならない速さで距離を詰めてくる。


「父が!」


 右拳。


「そんな人な訳ありません!」


 避ける。


 拳が雪原を抉り、大量の雪が宙へ舞う。


「あなたは父を殺した!」


 左。


「だからそんなことが言えるんです!!」


 杖で受け流す。


 鈍い衝撃が腕を痺れさせた。


「落ち着いてください!」


「落ち着ける訳ないでしょう!!」


 止まらない。


 拳。


 蹴り。


 肘。


 全てが一直線に僕を狙う。


「私は!」


 踏み込む。


「父を信じて生きてきたんです!!」


 重い。


 今まで以上に。


 感情が乗っている。


「その全部を!」


 拳。


「あなたは否定するんですか!!」


「否定してません!」


 後ろへ跳ぶ。


「僕は事実を――」


「事実なんて知りません!!」


 ヴィオラが叫ぶ。


「私は父の娘です!!」


「あなたより!」


「ずっと父を知っています!!」


 その瞳には涙が滲んでいた。


 それでも拳は止まらない。


「何故!」


 拳。


「何故あなたばかりなんですか!!」


 蹴り。


「父は!」


 拳。


「一度も私を見てくれなかった!!」


 初めてだった。


 父親への不満が、そのまま口から零れ落ちる。


「私は!」


 連撃。


「魔法が使えなくても!」


「聖職者になった!」


「研究も手伝った!」


「役に立とうとした!」


 ドンッ!!


 拳が地面へ突き刺さる。


「なのに!!」


 雪が吹き飛ぶ。


「一度も!」


「一度も!」


「褒めてくれなかった!!」


 叫びが山へ響く。


 雪月鬼たちは誰一人動けなかった。


 こんなヴィオラを見るのは初めてなのだろう。


「何故戦わない!!」


 僕を睨む。


「何故避けるだけなんですか!!」


「何故言い返さない!!」


「何故そんな顔をする!!」


 その問いへ。


 僕はゆっくりと杖を下ろした。


「あなたを。」


 一歩前へ出る。


「傷付けたい訳じゃない。」


 その瞬間。


 ヴィオラの表情が歪んだ。


「その顔です……。」


 小さく呟く。


「……え?」


「その顔なんです!!」


 再び駆け出す。


「父も!」


 拳。


「いつもそうだった!!」


 拳。


「優しい顔をして!!」


 拳。


「私を見ているようで!!」


 拳。


「何も見ていなかった!!」


 渾身の一撃。


 僕は杖で受け止める。


 衝撃で足元の雪が大きく沈んだ。


「私は!!」


 ヴィオラの声が震える。


「認めてほしかっただけなのに!!」


「……。」


「一度だけ!!」


「よくやったって!!」


「それだけだったのに!!」


 涙が雪へ落ちる。


 それでも拳は止まらない。


 悲しみを。


 怒りを。


 後悔を。


 行き場のない全てを、僕へぶつけるように。


 僕は攻撃しない。


 避ける。


 受け流す。


 それだけだった。


 やがて。


「零!」


 アリフィカの声が飛ぶ。


「左!」


 反射的に身体を捻る。


 轟音と共に拳が空を切った。


「ありがとう!」


 短く返し、そのまま距離を取る。


 アリフィカはすぐに初級強化魔法を僕へ重ねる。


 光が身体を包み、疲労が少しだけ軽くなった。


「無理しないで!」


「分かってる!」


 二人のやり取りは、ごく自然だった。


 何度も旅をしてきた。


 何度も命を預け合ってきた。


 だからこそ、言葉は最小限でいい。


 その光景を見たヴィオラの拳が、不意に止まる。


 視線は僕ではない。


 アリフィカへ向いていた。


 胸の奥で、何かが小さく軋む。


 理解出来ない感情。


 けれど、目を逸らせなかった。


 ――どうして。


 その言葉だけが、誰にも聞こえないまま心の底へ沈んでいった。

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