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【暴食領平定編 東】 境界の村

 森を抜けると、景色が一変した。


 視界いっぱいに広がる草原。


 その先には、小さな村が見える。


「あれ。」


 アリフィカが指を差す。


「村?」


「みたいだね。」


 地図を開く。


 記されている小さな印と目の前の村を見比べる。


「境界の村、ラズ。」


 暴食帝領東端。


 白哭峰セレスティアへ向かう最後の集落らしい。


「今日はここで休めそう。」


「宿あるかな。」


「あるといいけど。」


 二人で村へ向かう。


 近付くにつれ、違和感を覚えた。


「……静かだ。」


 人の姿が少ない。


 昼過ぎだというのに、子どもの姿も見えない。


 家々の窓は閉められ、商店も半分ほどしか開いていなかった。


「何だか元気ないね。」


 アリフィカも同じことを感じたらしい。


 村へ入ると、一人の老人が薪を割っていた。


「こんにちは。」


 声を掛ける。


 老人は斧を止め、こちらを見た。


「旅人か。」


「はい。」


「白哭峰へ向かっています。」


 その瞬間。


 老人の表情が曇る。


「……帰った方がいい。」


 第一声がそれだった。


「何かあったんですか。」


「何も。」


 首を横へ振る。


「だから帰れ。」


 それだけ言うと、また薪割りへ戻ってしまった。


「変な人。」


 アリフィカが小声で言う。


「怖がってる。」


「そうだね。」


 怒っているわけではない。


 恐れている。


 それも、かなり。


 村の奥へ歩いていく。


 すると今度は井戸で水を汲んでいた女性と目が合った。


「あの。」


「宿はありますか?」


 女性は少し驚いた顔をした。


「旅人さん?」


「はい。」


「今日は泊まれますか。」


「泊まれるけど……。」


 そこで言葉が止まる。


「白哭峰へ行くの?」


「その予定です。」


 女性は俯いた。


「最近、多いの。」


「最近?」


「山へ行く人。」


「でも。」


「誰も帰って来ない。」


 静かな声だった。


「冒険者ですか。」


「商人も。」


「傭兵も。」


「聖職者も。」


「みんな。」


 風が吹く。


 村全体が静まり返っていた。


「雪月鬼に?」


「分からない。」


 女性は首を横へ振る。


「山へ入った人は。」


「誰一人戻らないの。」


 妙な話だった。


 雪月鬼が襲っているなら、生き残りがいてもおかしくない。


 なのに。


 一人も帰って来ない。


「ありがとうございました。」


「……気を付けて。」


 女性はそれだけ言って家へ戻っていった。


 アリフィカが僕を見る。


「零。」


「うん。」


「嫌な感じ。」


「僕も。」


 理由は分からない。


 でも、この村全体が白哭峰を恐れている。


 その恐怖は魔物一匹では説明出来ないほど深かった。


 宿を探して歩いていると、小さな木造の建物が見えた。


 入口には『旅籠 山鳴亭』と書かれた看板。


「ここかな。」


 二人で中へ入る。


 鈴の音が鳴る。


 受付には初老の男性が座っていた。


「いらっしゃい。」


「宿をお願いしたいんですが。」


「二人か。」


「はい。」


 帳簿を開きながら、主人が何気なく尋ねる。


「どちらまで?」


「白哭峰です。」


 筆が止まった。


 部屋の空気が、一瞬だけ重くなる。


「……そうか。」


 主人は何も聞かなかった。


 何も止めなかった。


 ただ、静かに鍵を二つ取り出す。


「二階の一番奥だ。」


「ありがとうございます。」


 鍵を受け取り、階段へ向かう。


 その背中へ。


 主人が小さく声を掛けた。


「夜は。」


 二人同時に振り返る。


「絶対に。」


「外へ出るな。」


 それだけだった。


 理由も説明しない。


 ただ、その表情だけは真剣だった。


 僕は静かに頷く。


「……分かりました。」


 宿の主人も、それ以上は何も言わなかった。

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