【暴食領平定編 東】 野営
太陽が西へ傾き始める。
街道を歩き続けて一日。
ラクスウェルの姿は、とっくに見えなくなっていた。
左右にはどこまでも草原が続き、その先には深い森が広がっている。
東を見れば、白く霞んだ山並みが朝よりも少しだけ大きく見えた。
「今日はここまでにしよう。」
街道脇に開けた場所を見つけ、荷物を下ろす。
「ここで?」
アリフィカが辺りを見回した。
「うん。」
「今日は野営。」
「やえい?」
「外で寝ること。」
「宿じゃないの?」
「次の街まではまだ遠いから。」
「へぇ……。」
物珍しそうに僕の手元を見つめている。
背負い袋から折り畳まれた布を取り出し、地面へ広げる。
続いて骨組みを組み立てる。
「これがテント。」
「家だ。」
「小さいけどね。」
「面白い。」
アリフィカは興味津々で中を覗き込む。
「入っていい?」
「まだ駄目。」
「どうして?」
「まだ完成してないから。」
「あ、そっか。」
素直に引き下がる。
骨組みへ布を被せ、杭を打ち込んでいく。
最後に入口を固定すると、小さなテントが完成した。
「出来た。」
「すごい!」
アリフィカが拍手する。
「こんなに早く出来るんだ。」
「慣れてるから。」
「私もやってみたい。」
「次はお願いしようかな。」
「任せて!」
自信満々だった。
少し不安だけど。
今度は周囲から小枝を集める。
「何してるの?」
「焚き火。」
「火を起こす。」
「私も手伝う!」
二人で森の縁まで歩き、落ちている枝を拾っていく。
アリフィカは太い枝まで抱えて戻ってきた。
「それは大き過ぎるかな。」
「え?」
「薪じゃなくて木になってる。」
「あ。」
慌てて戻しに行く。
その様子に思わず笑ってしまった。
「もう。」
「難しい。」
「少しずつ覚えればいいよ。」
「うん。」
今度は丁度いい大きさの枝を持って帰ってくる。
「これなら?」
「完璧。」
「やった。」
枝を組み、火打石を打つ。
何度か火花が散り、小さな火が枯れ葉へ移った。
ゆっくり息を吹き掛ける。
やがて炎が枝へ燃え移り、ぱちぱちと音を立て始めた。
「着いた。」
「おぉ……。」
アリフィカは目を輝かせる。
「暖かい。」
焚き火の前へ座り込み、両手をかざす。
「火ってこんなに暖かいんだ。」
「神界には無いの?」
「あるよ。」
「でも暖を取るためには使わない。」
「必要ないから。」
「なるほど。」
携帯鍋へ水を入れ、干し肉と乾燥野菜を放り込む。
簡単なスープだ。
煮えるまでしばらく待つ。
「零。」
「ん?」
「人間って大変だね。」
「どうして?」
「歩いて。」
「寝る場所を作って。」
「ご飯も自分で作って。」
「全部自分でやる。」
「まぁ。」
「それが普通だから。」
「私は今日一日歩いただけで結構疲れた。」
「神様でも疲れるんだ。」
「分身体だから!」
少し頬を膨らませる。
「本体なら平気だもん。」
「そういうことにしておく。」
「信じてない!」
「半分くらい。」
アリフィカは不満そうな顔をした後、小さく笑った。
スープが煮え始める。
干し肉の香りが辺りへ漂った。
「いい匂い。」
「味は期待しないでね。」
「どうして?」
「料理は得意じゃない。」
「そうなの?」
「食べられればいいって感じ。」
「ふふ。」
笑いながら器を受け取る。
二人並んで焚き火を囲み、静かにスープを口へ運んだ。
「……。」
「どう?」
「美味しい。」
「本当?」
「うん。」
少し考えてから。
「昨日の宿の方が美味しかったけど。」
「正直だね。」
「でも。」
「こういうの好き。」
焚き火。
夜風。
静かな草原。
「外で食べるからかな。」
「かもしれない。」
空を見上げる。
夕焼けはいつの間にか消え、夜空には無数の星が瞬いていた。
街では見えなかった星まで、はっきり見える。
「綺麗……。」
アリフィカが小さく呟く。
その声は、夜の静けさへ溶けていった。
僕もつられて空を見上げる。
旅は始まったばかり。
白哭峰までは、まだ遠い。




