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【暴食領平定編 東】初めての街

「それで。」


 僕はアリフィカを見る。


「どこまでついて来るつもり?」


「最後まで。」


「……。」


「白哭峰。」


 即答だった。


「駄目?」


「駄目というより。」


 一度ため息をつく。


「本当に危ないよ。」


「知ってる。」


「雪山だし、戦うことになる。」


「それも知ってる。」


「それでも?」


「うん。」


 迷いはなかった。


「私は、自分で見てみたいの。」


 その言葉だけは、妙に重く聞こえた。


 神としてではない。


 一人の少女としての本音。


 しばらく黙っていたが、結局僕は肩を竦める。


「……分かった。」


「ほんと!?」


「ただし条件。」


「条件?」


「危険だと思ったら、僕の指示に従うこと。」


「うん。」


「勝手に動かないこと。」


「うん!」


「あと。」


 少し考える。


「人混みでははぐれないこと。」


「……子ども扱いしてない?」


「してない。」


「今、一瞬間があった。」


「気のせい。」


 じっと睨まれる。


 結局、どちらともなく笑ってしまった。


「じゃあ!」


 アリフィカは嬉しそうに僕の隣へ並ぶ。


「まず何するの?」


「買い物。」


「まだあるの?」


「細かい物が少し。」


「なるほど!」


 元気よく頷く。


 そのまま二人で市場へ向かった。


 朝の市場は人で溢れていた。


 野菜を売る店。


 肉屋。


 魚屋。


 香辛料を扱う露店。


 焼き菓子の甘い香りが風に乗って漂ってくる。


 アリフィカは歩き始めて数秒で立ち止まった。


「すごい……。」


 辺りをきょろきょろ見回している。


「人がいっぱい。」


「ラクスウェルで一番大きい市場だから。」


「みんな違うことしてる。」


「まぁね。」


「見て!」


 今度はパン屋の前。


「パンだけでこんなに種類あるの?」


「あるよ。」


「神界には?」


「無い。」


「そもそも食べなくても平気だから。」


「そうなんだ。」


「でも!」


 アリフィカは店先へ駆け寄る。


「いい匂い……。」


 店主が苦笑する。


「お嬢さん、一つ食べてみるかい?」


「えっ?」


「焼きたてだ。」


「いいの?」


「もちろん。」


 渡された小さな丸パンを、アリフィカは両手で受け取る。


 恐る恐る一口。


「…………。」


 動きが止まった。


「どう?」


 僕が聞くと。


「……おいしい。」


 小さな声。


 もう一口。


 さらにもう一口。


 あっという間になくなった。


「こんなに……。」


 目を丸くしている。


「温かい。」


「焼きたてだから。」


「柔らかい。」


「うん。」


「幸せ……。」


 店主が声を上げて笑う。


「そんなに喜んでもらえると焼いた甲斐があるな!」


 アリフィカは慌てて頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 その姿を見送りながら、店主が僕へ近付く。


「彼女さんか?」


「違います。」


 即答した。


「そうか?」


「違います。」


「ははは!」


 店主は豪快に笑い、店へ戻っていく。


 アリフィカは首を傾げた。


「彼女って?」


「気にしなくていい。」


「?」


 納得していない顔だったが、それ以上は聞いてこなかった。


 市場を歩いていると、今度は色鮮やかな花を売る店の前で足を止める。


「綺麗。」


 赤。


 青。


 黄色。


 色とりどりの花が並んでいた。


「神界にも花はあるよ。」


「でも。」


「こんな風に誰かが育てて。」


「誰かに売って。」


「誰かが買って。」


「家へ持って帰る。」


 一本の花にも、人の生活がある。


「そんなこと考えたことなかった。」


 ぽつりと呟く。


 その横顔は、どこか真剣だった。


「今まで。」


「私は人間を見てきた。」


「でも。」


「見てるだけだった。」


 小さく笑う。


「全然知らなかったんだね。」


「……。」


 返事は出来なかった。


 確かにその通りだから。


 市場を抜け、大通りへ出る。


 大道芸人が子ども達を集めて芸を披露していた。


 拍手。


 歓声。


 笑い声。


 アリフィカはその輪の外で立ち止まる。


「楽しそう。」


「見ていく?」


「ううん。」


 首を横へ振る。


「歩こう。」


「もっと見たい。」


「街を。」


 そう言って歩き出す。


 その背中を見ながら、僕も後を追う。


 すると、不意に袖を引かれた。


「零。」


「ん?」


「ありがとう。」


「?」


「連れて来てくれて。」


「……。」


 別に連れて来たわけじゃない。


 勝手について来たのは彼女の方だ。


 そう言おうとして。


 やめた。


「どういたしまして。」


 その一言だけ返す。


 アリフィカは嬉しそうに笑った。


 その瞬間。


 僕は無意識に魂視を発動していた。


 黒い感情。


 その中へ。


 昨日より少しだけ。


 灰色が増えていた。


 まだ、本当に僅か。


 言われなければ誰も気付かないくらい小さな変化。


 けれど確かに。


 彼女の感情は、昨日とは違っていた。

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