【怠惰の章】それぞれの道へ
「なら。」
「俺も付き合おう。」
アルヴの言葉に、灰崎は目を見開いた。
焚き火の火が揺れる。
その炎を見つめながら、アルヴは静かに続けた。
「勘違いするな。」
「俺は戦うことが好きな訳じゃない。」
「本当なら、この村で昼寝でもしていたい。」
肩を竦めて笑う。
「でも、お前の話を聞いて思った。」
「何もしないまま運命だからと諦める方が、俺は性に合わない。」
灰崎も思わず笑う。
「それって怠惰じゃないのか?」
「怠惰だからだ。」
アルヴは即答した。
「面倒なんだよ。」
「戦争なんてものは。」
「誰かが死ねば恨みが残る。」
「その恨みが次の争いを生む。」
「そんな面倒な連鎖が続くくらいなら、最初から断ち切った方が楽だ。」
その言葉に灰崎は苦笑する。
(やっぱりこの人らしい。)
考え方はどこまでも怠惰。
だが、その怠惰の先には、誰よりも穏やかな世界を望む意思があった。
アルヴはゆっくりと立ち上がり、害獣王の頭を軽く叩く。
「ありがとな。」
害獣王は目を細め、小さく喉を鳴らした。
続いて炎天虎へ目を向ける。
ロックガルーダ。
スチームタイラントスネーク。
三体も静かに彼を見返している。
「でも、お前たちは自由だ。」
その言葉に灰崎が顔を上げる。
「自由……?」
「ああ。」
アルヴは笑った。
「こいつらは俺の部下じゃない。」
「命令で動く関係でもない。」
「一緒に生きてる仲間だ。」
四体を見渡しながら続ける。
「だから、戦争に参加するかどうかも、お前たちが決めろ。」
炎天虎が大きく咆哮した。
ロックガルーダが翼を広げ、夜空へ舞い上がる。
スチームタイラントスネークは地面を一周するように身体を巡らせる。
害獣王は静かにアルヴの隣へ腰を下ろした。
その様子を見て、アルヴは肩をすくめる。
「……だそうだ。」
「決戦になれば、きっと来る。」
「でも今は、それぞれの役目がある。」
灰崎は四体へ頭を下げた。
「ありがとう。」
四体は何も答えない。
それでも、その瞳には確かな意思が宿っていた。
アルヴは杯を持ち直し、灰崎へ差し出す。
「約束しろ。」
「全員で帰ってくる。」
灰崎は杯を受け取り、小さく頷いた。
「ああ。」
「必ず。」
二人の杯が静かに鳴る。
その乾いた音は、夜空へ優しく響いた。
◇ ◇ ◇
――数日後。
大森林を後にした灰崎たちは、石畳の大通りを歩いていた。
行き交う荷馬車。
威勢よく客を呼び込む商人。
活気に満ちた市場。
豊かな物資が街中を流れるその光景は、森とはまるで違う空気を纏っている。
「久しぶりだな。」
灰崎が呟く。
目の前には巨大な城壁。
そして、その中心にそびえ立つ強欲帝の居城。
ラクスウェル。
兵士たちは灰崎たちの姿を確認すると、何も言わずに門を開いた。
「お帰りなさいませ。」
「陛下がお待ちです。」
灰崎たちはそのまま謁見の間へ向かう。
重厚な扉が開かれる。
その奥では、一人の男が椅子へ腰掛けていた。
強欲帝――マモン。
机には無数の書類と、一枚の大きな地図が広げられている。
マモンは顔を上げると、静かに笑った。
「戻ったか。」
「はい。」
灰崎は一歩前へ出る。
「ユグドラシルは救えました。」
「怠惰帝アルヴ・レガリアも、俺たちに協力してくれます。」
マモンの視線がアルヴへ向く。
アルヴは軽く手を挙げるだけだった。
「よろしく。」
マモンは鼻で笑う。
「噂以上に気の抜けた男だ。」
「褒め言葉として受け取っておく。」
短いやり取りの後、灰崎は続ける。
「ただし、四天王は同行しません。」
「彼らには彼らの役目があります。」
「ですが――」
アルヴが言葉を継ぐ。
「決戦になれば来る。」
「それは約束する。」
マモンはゆっくり頷いた。
「それで十分だ。」
そして立ち上がると、机の上の地図へ手を置く。
「さて。」
「本題に入ろう。」
灰崎たちも地図を囲む。
そこには暴食帝領が描かれていた。
その中心には、大きく空白がある。
暴食帝を失った土地。
だが、その空白の東西には、新たな印が記されていた。
マモンは東の印を指先で叩く。
「東。」
次に西を叩く。
「そして西。」
「暴食帝亡き今、この二つの勢力が帝位を狙って動き始めている。」
灰崎は地図を見つめる。
新たな物語が、静かに幕を開けようとしていた。
【怠惰の章 完】




