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【怠惰の章】探し人の足跡

 ロックガルーダが去った後。


 村は何事もなかったかのように日常へ戻った。


 畑仕事を再開する者。


 洗濯物を干し直す者。


 子供たちは子供たちで、


「ガル坊今日機嫌良かったな!」


「昨日よりはな!」


 などと話している。


 本当に意味が分からない。


 四天王を近所の親戚みたいに扱う村など聞いたことがない。


「さて」


 浮雲が伸びをした。


「行くか」


 灰崎は顔を上げる。


「探し人か」


「ああ」


 浮雲は頷いた。


「生きてるなら早い方がいい」


 サミエムが立ち上がる。


 表情は変わらない。


 だが灰崎には分かった。


 少しだけ安堵している。


 諜報員が生存している可能性。


 それは思った以上に大きかった。


 なにせ。


 妖精の試練以降。


 誰も生死を確認できていないのだから。


 準備はすぐに終わった。


 浮雲は小さな革袋だけ。


 武器も持たない。


 鎧もない。


 旅人というより農夫に見える。


「それでいいのか?」


 灰崎が聞く。


「何が?」


「装備」


「あー」


 浮雲は考える。


 そして。


「必要か?」


 真顔で返した。


 灰崎は聞く相手を間違えたと悟った。


 この男にとっては本気なのだ。


 結局。


 四人は村を出発した。


 東。


 諜報員が向かったという方向へ。


 昼のユグドラシルは暑い。


 蒸し暑い。


 まとわりつくような熱気。


 巨大な葉が空を覆う。


 湿った土。


 濃い緑。


 熱帯雨林。


 それが一番近かった。


 歩くだけで汗が出る。


 しかし浮雲だけは平然としている。


 慣れているのだろう。


「ここは全部こんな感じなのか?」


 地図係が聞いた。


「場所による」


 浮雲が答える。


「昼は大体暑い」


「夜は寒い」


「知ってる」


「ならそんな感じ」


 説明が雑だった。


 だが嘘はない。


 実際その通りなのだから。


 しばらく歩く。


 途中。


 巨大な植物を見た。


 人を丸呑みにできそうな花。


 木に擬態した虫。


 逆に虫へ擬態した植物。


 灰崎たちは何度も足を止める。


 その度に浮雲が説明する。


「食うなよ」


「毒だから」


「そっちも」


「それも」


「あとそれ近付くと爆発する」


「先に言え!」


 地図係が叫ぶ。


 浮雲は少し笑った。


「生き物だからな」


「いや分からんて」


 灰崎も同意だった。


 こんな環境でよく村が成り立っている。


 すると。


 浮雲がふと立ち止まった。


「ん?」


 地面を見る。


 しゃがむ。


 土へ触れる。


 灰崎たちも近付いた。


「どうした」


 サミエムが聞く。


「足跡」


 浮雲が言った。


 灰崎は目を凝らす。


 確かにある。


 だが。


 分かりにくい。


 半分消えている。


「人間だな」


 浮雲が呟く。


「数日前」


「本当に分かるのか?」


「分かる」


 即答だった。


 そして少し先を見る。


 木の幹。


 そこに傷があった。


「これも」


 近付く。


 刃物の跡だった。


 新しい。


「……」


 サミエムの目が細くなる。


 灰崎も気付いた。


 見覚えがある。


 これは。


 諜報員が使っていた短剣の癖だ。


「間違いないな」


 サミエムが言う。


 珍しく即断だった。


 それほど特徴的だったのだろう。


 浮雲は立ち上がる。


「なら近いな」


「近い?」


「うん」


 そして森の奥を見る。


「目的地がある歩き方だった」


 前にも聞いた言葉だ。


「何か探してる」


「何を?」


 地図係が聞く。


 浮雲は肩を竦めた。


「そこまでは分からん」


 当然だ。


 だが。


 灰崎は嫌な予感がしていた。


 諜報員は生きている。


 それはいい。


 問題は。


 何故一人で行動しているのか。


 何を追っているのか。


 だ。


 もし。


 ただ生き延びているだけなら。


 普通は仲間を探す。


 あるいは待つ。


 だが。


 諜報員は違う。


 何かを追っている。


 それも命懸けで。


 その時だった。


 浮雲が急に立ち止まる。


「……あー」


 嫌そうな顔だった。


 初めて見る表情かもしれない。


「どうした?」


 灰崎が聞く。


 浮雲は前方を指差した。


「面倒なのいる」


 全員が視線を向ける。


 森の奥。


 巨大な倒木の向こう。


 何かが動いた。


 細長い影。


 地面を這う。


 大きい。


 異常なほど。


 そして。


 周囲の空気が湿り始める。


 蒸気。


 白い霧。


 熱気。


 灰崎は息を呑んだ。


 まさか。


 浮雲が頭を掻く。


「スー坊か」


 その呼び方だけで。


 灰崎は確信した。


 四天王。


 三体目。


 スチームタイラントスネークが。


 目の前に現れようとしていた。

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