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【怠惰の章】追放者たちの居場所

「じゃあロックガルーダのとこ行ってくる」


 浮雲がそう言った瞬間。


 灰崎たち三人は揃って固まった。


 本人だけが平然としている。


 まるで、


「畑の柵が壊れたから直してくる」


 くらいの軽さだった。


「待て」


 最初に反応したのはサミエムだった。


「今、何と言った」


「ん?」


 浮雲が振り返る。


「ガル坊のとこ行くって」


「ロックガルーダのことか」


「そう」


 何故そこで首を傾げる。


 むしろこちらが聞きたい。


 あの炎天虎ですら災害みたいな存在だった。


 ならば同格である四天王も似たようなものだろう。


 少なくとも畑を荒らしたから文句を言いに行く相手ではない。


「……お前」


 地図係が引き攣った顔で言う。


「本当に何者なんだ?」


「村人」


「絶対違う」


「失礼だなぁ」


 浮雲は苦笑した。


 その時だった。


 料理を運んでいた女性が笑う。


「また始まった」


「何がだ?」


 灰崎が尋ねる。


「浮雲さん、昔からああなんですよ」


 女性は慣れた様子だった。


「自分のことを村人だと思ってるんです」


「実際村人じゃろ」


 浮雲が即座に反論する。


「そういうところです」


 女性は呆れたように肩を竦めた。


 周囲からも笑い声が上がる。


 灰崎は少し驚いた。


 浮雲を恐れている人間がいない。


 敬ってはいる。


 信頼もしている。


 だが。


 恐怖はない。


 まるで本当に近所の兄ちゃんみたいな扱いだった。


 それが妙に引っ掛かる。


 炎天虎を帰らせた男だぞ。


 普通なら崇拝されるか恐れられるかだ。


 そのどちらでもない。


「ところで」


 浮雲が椅子へ座り直した。


「お前らの探し人の話だったな」


 空気が変わる。


 地図係の表情も引き締まる。


 諜報員。


 ここへ来た目的の一つ。


 その情報がようやく出てきたのだ。


「見たんだな」


 サミエムが言う。


「ああ」


「どんな状態だった」


「普通」


「普通?」


「普通」


 答えになっていない。


 だが浮雲は真面目だった。


「怪我はしていた」


「かなり疲れてた」


「でも死にそうではなかったな」


 灰崎は少し安心する。


 少なくとも生きている可能性は高い。


「話はしたのか?」


「いや」


 浮雲は首を振る。


「向こうが警戒してたからな」


「だから放っといた」


「それで終わりか?」


「終わり」


 地図係が頭を抱えた。


「もう少し何かないのかよ」


「ない」


 即答だった。


 しかし。


 浮雲は少しだけ考えるように顎へ手を当てた。


「ただ」


 その一言で全員が顔を上げる。


「急いでたな」


「急いでた?」


「何かを追ってた」


 灰崎の眉が動く。


「追っていた?」


「うん」


 浮雲は頷いた。


「目的地がある人間の歩き方だった」


 静かな声だった。


 だが。


 妙な説得力があった。


「分かるのか?」


「分かる」


 浮雲は当然のように言う。


「人間は大体顔に書いてある」


「そんな訳あるか」


「あるんだなぁ」


 笑う。


 冗談を言っているように見えない。


 灰崎は改めて魂を見る。


 やはり深い。


 深すぎる。


 今まで見てきた誰とも違う。


 帝王たちはもっと分かりやすかった。


 暴食帝は飢餓。


 嫉妬帝は執着。


 強烈な感情がある。


 だが浮雲にはそれがない。


 まるで湖だ。


 風もない。


 波もない。


 ただ静かにそこにある。


 なのに底が見えない。


 不気味なくらいに。


「お前」


 浮雲がこちらを見る。


 灰崎の心臓が跳ねた。


「人の顔見るの好きだな」


「っ」


 一瞬焦る。


 魂を見ていることがバレたかと思った。


 だが違ったらしい。


 浮雲は気にした様子もなく笑う。


「まぁ若い頃はそういう時期もあるか」


「……何歳なんだ」


「三十ちょい」


 思ったより若い。


 だが。


 魂はもっと年老いて見える。


 百年くらい生きた老人と言われても納得できそうだった。


 その時。


 隣のテーブルから笑い声が聞こえた。


 子供たちだった。


 五歳くらいの男の子が駆けてくる。


「浮雲さん!」


「んー?」


「今日のお話!」


「あー」


 浮雲が面倒臭そうな顔をする。


「まだ飯食ってる」


「約束した!」


「したっけ」


「した!」


 即答だった。


 周囲から笑いが起きる。


 結局。


 浮雲は折れた。


「分かった分かった」


「飯食ったらな」


「やったー!」


 子供は走っていく。


 灰崎は呆然としていた。


 何だこの人。


 本当に。


 帝王どころか。


 ただの村人にしか見えない。


 しかし。


 その時だった。


「浮雲さん」


 年配の男が声を掛ける。


「北の畑の水路、直しておいた」


「助かる」


「いやいや」


「今度はガル坊の方頼むわ」


「あいつ最近食い過ぎなんだよなぁ」


「今年豊作だからな」


 会話は自然だった。


 だが。


 灰崎は違和感を覚える。


 誰も命令していない。


 誰も従わせていない。


 それなのに。


 村が回っている。


 まるで全員が自然に役割を理解しているみたいに。


 中心には浮雲がいる。


 しかし支配していない。


 統率している訳でもない。


 ただ。


 皆が信頼している。


 それだけだった。


「変な村だな」


 灰崎が思わず呟く。


 浮雲が聞き返す。


「そうか?」


「そうだろ」


「普通だと思うけどな」


 本気で言っている。


 灰崎は思う。


 違う。


 普通じゃない。


 こんな村は見たことがない。


 争いもない。


 派閥もない。


 権力争いもない。


 それぞれが勝手に動いているのに成立している。


 まるで一つの家族みたいだった。


「まぁ」


 浮雲が立ち上がる。


 背伸びをする。


「そういう話は明日でいいか」


「明日?」


「探し人探すんだろ」


 灰崎たちは顔を上げる。


「案内してやる」


「いいのか」


「別に」


 浮雲は欠伸をした。


「どうせガル坊の説教もしなきゃならんし」


 その言葉に。


 地図係が再び頭を抱えた。


「だから何なんだよそのガル坊って」


「ロックガルーダ」


 当然のように返される。


「畑食うから困るんだよなぁ」


 四天王の一角を。


 まるで近所の悪ガキみたいに語る男を見ながら。


 灰崎は確信していた。


 この男。


 絶対にただの村人ではない。


 そして。


 まだ何一つ本性を見せていない。

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