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【怠惰の章】見つけたもの

「見た?」


 地図係が身を乗り出した。


 椅子が軋む。


 それほど勢いよく立ち上がっていた。


「見たってどういうことだ!」


「そのままの意味」


 浮雲は落ち着いたものだった。


 慌てる様子もない。


 緊張する様子もない。


 ただ食後のお茶を啜っている。


「どこで会った?」


「会ってはない」


「は?」


「見ただけだ」


 話が進まない。


 地図係がさらに何か言おうとする。


 だがサミエムが手で制した。


「詳しく話せ」


 浮雲は少し考える。


 記憶を辿るように。


「数日前だな」


「森の外縁部」


「上から何か落ちてきた」


 灰崎たちは黙って聞く。


「人だった」


「生きてた」


「だから放置した」


「待て」


 灰崎が思わず突っ込む。


「放置したのか?」


「生きてたし」


 当然のように返された。


「自力で歩けるなら問題ないだろ」


 その理屈はどうなんだ。


 そう思ったが。


 浮雲は本気だった。


 助けを求めていない人間を勝手に助ける発想がないらしい。


 妙な男だった。


「それで」


 サミエムが続きを促す。


「その後は?」


「知らん」


 即答だった。


 地図係が頭を抱える。


「おい……」


「知らんもんは知らん」


 浮雲は肩を竦めた。


「ただ」


 そこで言葉を切る。


「方向は分かる」


 空気が変わった。


 サミエムの目が細くなる。


「どこだ」


「東」


「村から見て?」


「そう」


 浮雲は机に指を置く。


 軽く叩く。


「真っ直ぐ行けば着く」


「距離は?」


「二日」


 遠い。


 灰崎は眉をひそめた。


 今までの探索で既にかなり消耗している。


 そこからさらに二日。


 簡単な距離じゃない。


 だが。


 生存情報が得られた。


 それだけでも大きい。


「なら明日――」


「無理だな」


 サミエムの言葉を浮雲が遮った。


 全員が見る。


 浮雲はお茶を飲む。


 そして言う。


「明日は無理」


「何故だ」


「トラ坊が機嫌悪い」


 沈黙。


 数秒。


 誰も言葉が出ない。


「……それだけか?」


 地図係が聞く。


「十分だろ」


 浮雲は首を傾げた。


「今行ったら死ぬぞ」


 その口調に冗談はなかった。


 灰崎は思い出す。


 あの炎。


 あの瞳。


 あの圧力。


 確かに。


 あれと遭遇したら終わりだ。


「何なんだあれは」


 灰崎が聞く。


 浮雲は少し考える。


「トラ坊」


「それは聞いた」


「炎天虎」


 その名は初めてだった。


 だが。


 どこか納得する。


 炎。


 虎。


 まさにそのままだ。


「夜の主だな」


 浮雲が言う。


「夜になると起きる」


「昼は?」


「寝てる」


 シンプルだった。


 だがその存在感は全くシンプルじゃない。


「倒せるのか」


 地図係が聞いた。


 浮雲は数秒考えた。


「倒す必要あるか?」


「いや」


「なら考えたことない」


 またそれだった。


 戦う前提がない。


 強敵を見たら倒す。


 冒険者なら自然な発想。


 だが浮雲にはない。


 そもそも争う理由を探していない。


 そんな感じだった。


「……変な奴だな」


 灰崎が呟く。


「よく言われる」


 浮雲は笑った。


 嫌そうでもない。


 慣れているのだろう。


 その時。


 入口の扉が開いた。


 一人の村人が入ってくる。


 慌てた様子だった。


「浮雲さん!」


「ん?」


「ガル坊がまた畑食ってます!」


 沈黙。


 灰崎たちは顔を見合わせる。


 嫌な予感しかしない。


 浮雲は深いため息を吐いた。


「あいつかぁ……」


 本当に面倒そうだった。


「昨日も食ったろ」


「だから困ってるんです!」


「そうだよなぁ」


 全く緊張感がない。


 だが。


 次の言葉で三人は固まった。


「じゃあロックガルーダのとこ行ってくる」


 ガル坊。


 ロックガルーダ。


 昼を支配する四天王。


 その名前が。


 あまりにも気軽に口にされた。


 まるで。


 近所の牛に説教しに行くような口調で。

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