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【怠惰の章】停滞の村

 案内されたのは村の中央にある大きな建物だった。


 宿屋のようにも見える。


 集会所のようにも見える。


 少なくとも個人の家ではなさそうだった。


「入れ入れ」


 浮雲が手を振る。


「飯ならまだ残ってる」


 扉を開く。


 暖かな空気が流れてきた。


 灰崎たちは思わず息を吐く。


 外は寒かった。


 夜になったユグドラシルは想像以上に冷え込む。


 炎天虎の熱が消えれば尚更だった。


 中には既に何人かの人間がいた。


 老人。


 子供。


 若い女。


 腕のない男。


 片目を失った男。


 獣人。


 耳の長い種族。


 様々だった。


 共通点があるとすれば。


 どこか事情を抱えていそうなこと。


 そんな印象だった。


「お」


「客か?」


「珍しいな」


 視線が集まる。


 だが敵意はない。


 好奇心だけだ。


 灰崎は少しだけ肩の力を抜いた。


 少なくとも歓迎されていないわけではなさそうだった。


「適当に座っとけ」


 浮雲が言う。


 そしてそのまま厨房らしき場所へ消える。


「……」


「……」


「……」


 三人は顔を見合わせた。


 警戒は解けない。


 だが。


 疲労の方が大きかった。


 椅子へ腰を下ろす。


 途端に身体が重くなる。


 今まで緊張で誤魔化していただけだ。


 かなり無理をしていたらしい。


 やがて。


 食事が運ばれてきた。


 スープ。


 焼いた肉。


 野菜。


 素朴な料理だった。


 豪華ではない。


 だが香りだけで腹が鳴る。


「食え」


 浮雲が椅子へ座る。


「毒は入ってない」


「聞いてない」


「なら安心だな」


 そう言って自分も食べ始めた。


 遠慮なく。


 本当に自然に。


 サミエムはしばらく警戒していたが、やがて食事へ手を伸ばした。


 灰崎も続く。


 一口。


 そして。


「うまいな」


 思わず漏れた。


 特別な料理ではない。


 だが。


 温かかった。


 それだけで十分だった。


 浮雲は少し笑う。


「そりゃ良かった」


「ここは何なんだ」


 サミエムが尋ねる。


 浮雲はスープを飲む。


 それから答えた。


「村」


「見れば分かる」


「じゃあ村だな」


 話にならない。


 だが本人は本気らしい。


 地図係が苦笑する。


「そうじゃなくてさ」


「うん」


「何でこんな場所に人が住んでるんだ?」


 浮雲は少し考えた。


「他に住む場所がなかったから」


 その答えは予想外だった。


 灰崎が顔を上げる。


 浮雲は続けた。


「追い出された奴」


「居場所がなくなった奴」


「帰れなくなった奴」


「色々いる」


 周囲を見る。


 村人たちは普通に食事をしている。


 笑っている。


 談笑している。


 だが。


 確かに。


 どこか普通ではなかった。


 腕のない男。


 顔に大きな傷を持つ女。


 種族の違う者たち。


 年齢も経歴もばらばら。


 共通点などなさそうに見える。


「追放者の村だよ」


 浮雲が言った。


「だから誰でもいる」


 静かな声だった。


 自慢でもない。


 誇りでもない。


 ただ事実を述べるような。


 そんな声音。


「……」


 灰崎は少しだけ理解した。


 この村の空気。


 妙な居心地の良さ。


 理由はそこだ。


 誰も他人を気にしていない。


 だからだ。


 過去も。


 失敗も。


 傷も。


 ここでは問題にならない。


 それぞれ事情を抱えているから。


 わざわざ他人を責める理由がない。


「変な村だな」


 地図係が呟く。


「そうか?」


 浮雲は首を傾げた。


「普通だろ」


「普通じゃねぇよ」


「そうか?」


 本気で分かっていない顔だった。


 灰崎は思わず笑いそうになる。


 この男。


 本当に変わっている。


 その時だった。


 ふと。


 灰崎は気付いた。


 周囲の村人たちの視線。


 皆。


 浮雲を見る時だけ少し柔らかい。


 信頼。


 安心。


 そんな色が見える。


 慕われている。


 それも相当。


 なのに。


 浮雲本人は全く偉そうじゃない。


 村長のようにも見えない。


 中心人物にすら見えない。


 ただそこにいるだけ。


 それなのに。


 自然と皆が集まる。


 妙な男だった。


「そういや」


 浮雲が肉を咀嚼しながら言う。


「お前ら上から来たんだろ」


「ああ」


「なら探し人でもいるのか?」


 灰崎たちが顔を見合わせる。


 諜報員。


 行方不明になった仲間。


 ここへ来た理由の一つ。


 浮雲はその反応を見て頷いた。


「やっぱりな」


 そして。


 何でもないことのように言った。


「多分生きてるぞ」


 空気が止まった。


 三人の視線が一斉に浮雲へ向く。


「……何で分かる」


 サミエムの声が低くなる。


 浮雲はスープを飲み干した。


 そして。


「見たから」


 あっさり答える。


「数日前にな」


 灰崎の心臓が跳ねた。


 ようやく。


 探していた情報が。


 目の前に現れた。

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