【怠惰の章】離れても届く声
根の道は、それぞれ別の闇へ続いていた。
分岐した瞬間から、互いの姿は見えなくなった。
だが。
「聞こえるかー!」
灰崎が叫ぶ。
少し遅れて。
「聞こえる!」
サミエムの声。
「うるさい!」
地図係。
「元気そうで何よりだ!」
諜報員。
反響しながら声が届く。
距離は離れている。
だが繋がっている。
それだけで妙な安心感があった。
灰崎は苦笑する。
少し前までなら考えられなかった。
サミエムは一人で突っ込んでいた。
諜報員たちは黙って従っていた。
地図係は愚痴を言いながらも後ろに隠れていた。
今は違う。
少しだけ。
本当に少しだけだが。
全員が同じ試験を受けている。
そんな感覚があった。
灰崎は前を見る。
中央ルート。
予想通り最悪だった。
「……何だこれ」
迷路。
根で出来た巨大迷宮。
壁。
壁。
壁。
天井まで根が絡まり、緑光が不気味に脈打っている。
一本道かと思えば分岐。
分岐かと思えば行き止まり。
しかも。
同じ景色ばかり。
方向感覚が狂う。
「絶対嫌がらせだろ」
思わず呟く。
だが。
歩きながら違和感を覚えていた。
迷わせる気が薄い。
そんな感覚。
いや。
正確には。
迷わせるだけならもっと簡単な方法がある。
ここまでの試験は全部そうだった。
必ず突破口がある。
理不尽じゃない。
なら。
この迷路にも意味がある。
灰崎は壁へ触れる。
湿った根。
温かい。
生きている。
その時。
視界の端で何かが揺れた。
「……ん?」
魂の色。
ではない。
根だ。
一部だけ。
微妙に光が違う。
他より薄い。
緑の脈動が弱い。
灰崎は近付く。
観察する。
そして気付いた。
「なるほど」
迷路じゃない。
誘導だ。
光の強弱がある。
生きた根の流れ。
それを追えば正しい道が分かる。
観察。
そういう試験だ。
灰崎は少し笑った。
「分かりやすいヒントじゃねぇか」
同時刻。
左ルート。
サミエムは剣を振っていた。
轟音。
斬撃。
巨大な獣が吹き飛ぶ。
樹皮。
蔦。
牙。
四足。
体高三メートル近い植物獣。
強い。
普通の冒険者なら全滅している。
だが。
サミエムの敵じゃなかった。
一閃。
首が飛ぶ。
巨体が崩れる。
「終わりか」
そう思った瞬間。
ズズズズ……。
奥からまた現れる。
同じ獣。
二体。
三体。
四体。
「……」
サミエムは黙る。
再び剣を構える。
斬る。
倒す。
進む。
だが。
また現れる。
何度も。
何度も。
何度も。
そして。
十数分後。
サミエムは立ち止まった。
「違うな」
静かに呟く。
ここまでの試験を思い出す。
妖精。
蒸樹蛇。
大妖精。
全部。
倒すことが目的じゃなかった。
なら。
これも。
サミエムは剣を下ろす。
周囲を見る。
獣を見る。
敵を見る。
そこで初めて気付いた。
獣たちは一定以上近付いてこない。
守っている。
道の中央。
巨大な花を。
「……そういうことか」
その時だった。
思わず口から出る。
「灰崎」
離れた場所。
中央迷路。
声が届く。
「ん?」
「お前ならどう見る」
沈黙。
そして。
灰崎自身が目を見開いた。
今。
サミエムが。
意見を求めた。
助言を求めた。
ほんの一言。
だが大きい。
灰崎は笑う。
「状況は!」
「獣が無限に出る!」
「守ってるものあるか!」
少し間。
サミエムが答える。
「花だ」
「じゃあそれだ!」
即答だった。
「倒すんじゃなくて見ろ!」
返事はない。
だが。
サミエムは花へ近付く。
獣が唸る。
だが襲わない。
守るだけ。
そして。
花の中央。
紋章。
三枚葉。
刻まれていた。
「……見つけた」
同時。
右ルート。
「ちょっと待って待って待って!」
地図係の悲鳴。
「どうした!」
灰崎が叫ぶ。
「道が消える!」
諜報員が続ける。
「順番を間違えると閉じるらしい!」
複雑な根の網。
枝分かれ。
立体構造。
踏んだ場所によって通路が変化する。
完全な迷宮。
だが。
地図係は目を細めていた。
「待て」
「何か分かったか」
「法則ある」
声色が変わる。
仕事モードだった。
「全部左右対称になってる」
諜報員が黙る。
「つまり?」
「正しい道は一つじゃない」
地図係が笑う。
「対称形を完成させろってこと」
数秒後。
根が動く。
通路が繋がる。
奥。
同じ紋章。
三枚葉。
「当たり!」
歓声。
その瞬間。
灰崎も中央迷路最奥へ到達した。
そこにあったのは。
巨大な石板。
三枚葉の紋章。
同じだった。
「おい」
灰崎が声を上げる。
「こっちも三枚葉だ!」
「こっちも!」
サミエム。
「右も!」
地図係。
沈黙。
そして。
全員が同じ結論へ辿り着く。
一人じゃ足りない。
三つ全部。
揃わなければ意味がない。
試験そのものがそう作られている。
支え合う。
信じる。
任せる。
それが資格。
その時だった。
三枚の紋章が同時に輝く。
地下全体が震える。
ズン――――。
緑光が奔る。
そして。
大妖精の声が。
今までで最も穏やかに響いた。
『よく見た』
初めてだった。
明確な称賛は。
そして。
三本の道の先。
巨大な門がゆっくりと開き始めた。




