【怠惰の章】三つの道
道が三本に分かれていた。
誰もすぐには動けなかった。
一本道の先。
左右と中央へ分岐した根の道。
幅は狭い。
人一人がようやく通れる程度。
だが問題はそこじゃない。
「……露骨すぎるだろ」
灰崎が呟いた。
誰も反論しない。
全員同じことを思っていた。
試験だ。
どう考えても。
ここまで散々やってきた流れの延長線上にある。
三本。
しかも同じ形ではない。
左は上り坂。
中央は平坦。
右は下り。
それぞれ奥に何かがあるのが薄暗く見える。
そして。
道と道の間には巨大な根の壁。
飛び越えられない。
横移動も無理。
一度進めば別ルートへ移ることは出来ない構造だった。
「嫌な予感しかしねぇ……」
地図係が顔をしかめる。
諜報員の男も頷いた。
「分断前提だな」
「間違いなく」
灰崎も同意した。
その時。
頭の奥へ再び声が響く。
『選べ』
短い。
だが十分だった。
『汝らの道を』
沈黙。
湿った空気が流れる。
大妖精は見ている。
何も言わない。
何も強制しない。
ただ待つ。
選択を。
灰崎は三本の道を見る。
そして。
何となく理解した。
(たぶん……)
一人じゃ無理だ。
そういう作りをしている。
今までの試験全部そうだった。
気付くか。
考えるか。
協力するか。
それを見ている。
なら。
今回も同じ。
「声」
灰崎が言った。
「ん?」
「聞こえるか試そう」
全員が首を傾げる。
だが。
重要だった。
灰崎は中央へ数歩進む。
そして叫ぶ。
「おーーーい!」
反響。
地下空間へ響く。
少し遅れて。
「聞こえるぞー!」
右側。
地図係。
「うるさい!」
左側。
諜報員。
灰崎が笑った。
「やっぱな」
「何がだ?」
サミエムが聞く。
「声が届く」
それだけ。
だが大きい。
見えなくなっても。
連携できる。
報告できる。
支援できる。
つまり。
試験は完全な単独行動を求めていない。
むしろ逆。
離れても繋がれるか。
そっちだ。
灰崎が大妖精を見る。
静かな目。
否定しない。
なら正解寄りだ。
「分担しよう」
灰崎が言う。
その瞬間。
全員の視線が集まった。
「中央は俺」
「何でだ?」
サミエム。
「観察役だから」
即答。
「俺は戦闘力低い」
「低くはないだろ」
「前衛と比べんな」
灰崎は肩を竦めた。
そして右を見る。
「地図係は右」
「え?」
「道見るの得意だろ」
「まぁ……」
「諜報員が護衛」
男が頷く。
妥当だった。
最後。
左。
サミエム。
最強戦力。
当然そこ。
だが。
問題は次だった。
サミエムが眉を寄せる。
「待て」
全員が見る。
「俺一人で全部見た方が早くないか」
沈黙。
あまりにもサミエムらしい発言だった。
灰崎は思わず額を押さえる。
「またそれか」
「事実だろう」
「事実じゃねぇ」
「なぜだ」
「この試験がそういう試験じゃないからだ」
サミエムが黙る。
灰崎は続けた。
「お前が全部やれるなら、さっきの一本道も一人で突破出来たか?」
返答がない。
「出来てねぇだろ」
事実だった。
地図係を助けたのは諜報員。
小妖精を止めたのは灰崎。
前を切り開いたのはサミエム。
全部必要だった。
どれか欠けていたら終わっていた。
「……」
サミエムが目を伏せる。
少しだけ。
本当に少し。
葛藤が見えた。
灰崎には見える。
魂の色。
焦燥。
責任感。
恐怖。
そして。
喪失。
師の死。
あの日からだ。
全部自分でやらなきゃいけないと思い込んでいる。
置いていかれたから。
残されたから。
だから背負う。
抱える。
無理をする。
「任せろ」
灰崎が言う。
「……」
「俺達を信じろ」
短い沈黙。
長く感じた。
そして。
サミエムはゆっくり息を吐いた。
「……分かった」
その一言。
魂の色が変わる。
完全じゃない。
でも。
一歩。
確実に。
前へ進んだ。
その瞬間だった。
チリン。
鈴。
白い妖精がサミエムの周囲を一周する。
祝福みたいに。
そして。
大妖精。
巨大な目。
そこへ。
今までで最も明確な感情が浮かんだ。
喜び。
微かな。
本当に微かな。
だが確かに。
森が風を受けて葉を揺らすような柔らかな感情。
(……あ)
灰崎は気付く。
大妖精。
こいつ。
最初から。
勝者なんて求めていない。
強者でもない。
森へ来る資格。
それだけ。
だから。
今の変化は大きかった。
『良い』
声が響く。
初めて。
肯定だった。
全員が顔を上げる。
『ならば進め』
ズン。
三本の道が光る。
緑の紋様。
根脈。
脈動。
まるで生きている。
そして。
奥。
それぞれの道の先で何かが動いた。
左。
巨大な影。
獣。
中央。
無数の光。
迷路のような構造物。
右。
複雑に枝分かれする根の網。
「うわぁ……」
地図係が嫌そうな声を出す。
灰崎も同意だった。
どう見ても楽じゃない。
むしろここからが本番だ。
「じゃあ」
灰崎が息を吐く。
「行くか」
サミエムが頷く。
地図係も。
諜報員も。
そして。
四人はそれぞれの道へ足を踏み出した。
同じ場所にいない。
姿も見えなくなる。
だが。
不思議と不安は前より少なかった。
声が届く。
信じられる。
支えられる。
試験が求めているものを、少しだけ理解したから。
そして。
誰も気付かなかった。
四人が歩き出した瞬間。
大妖精の魂の色が。
初めて大きく揺れたことを。
期待という感情に。




