【怠惰の章】根下の門(七)
『汝らは、支え合えるか』
言葉が、頭の内側へ沈んだ。
問いだった。
命令ではない。
威圧でもない。
ただ静かに。
こちらの在り方を問う声。
ズズズズズ……。
同時に。
根壁が裂ける。
巨大な地下空間の中央へ、一本の道が現れた。
細い。
異様に。
大人二人が並べば落ちる程度。
左右は奈落。
いや。
奈落ではない。
根。
無数の巨大根脈が蠢いている。
地下の海だった。
緑光が揺らめく。
熱気。
湿度。
脈動。
まるで巨大な生命の内臓を歩かされるみたいな気味悪さ。
そして。
道の向こう。
大妖精。
静かな目。
見ている。
試験官みたいに。
灰崎は唾を飲み込んだ。
「……一本道」
地図係の女が顔を引きつらせる。
「いや絶対嫌な予感しかしないんだけど」
その瞬間。
ビィィィィィ――――。
羽音。
小妖精。
左右。
上。
下。
緑の闇から無数に湧く。
数十。
いや。
百近い。
「ほら来た!!」
誰かが叫ぶ。
直後。
足場が揺れた。
ズン。
道そのものが波打つ。
「うおっ!?」
身体が傾く。
狭い。
逃げ場がない。
そして。
小妖精が飛ぶ。
死角。
急所。
今まで通り。
だが。
違う。
明確だった。
これは。
一人では無理。
避ければ落ちる。
攻撃に集中すれば背後が死ぬ。
守れば押し切られる。
構造そのものがそう作られていた。
(……試験)
灰崎が歯を噛む。
まただ。
理不尽じゃない。
でも単騎では破綻する。
答えがある。
絶対。
「サミエム!!」
「何だ!」
「前だけ見ろ!」
「またか!」
「いいから!!」
同時。
右後方。
三体。
死角。
「魂を縛れ――魂鎖!」
青白い糸。
小妖精が止まる。
一瞬。
「右後ろ!」
サミエム。
振り向きざま一閃。
砕ける。
樹液。
羽。
木片。
「左上!」
斬る。
「段差!」
跳ぶ。
今までと違った。
迷わない。
見る場所が限定された。
だから動きが鋭い。
速い。
正確。
前衛。
役割。
噛み始めていた。
だが。
道が揺れる。
根が盛り上がる。
段差。
分断。
「きゃっ!?」
地図係が滑る。
端。
落ちる。
咄嗟。
サミエムが動く。
……止まった。
一瞬。
迷う。
前。
後ろ。
敵。
守り。
全部。
抱え込もうとして。
動きが遅れる。
灰崎は叫んだ。
「任せろ!!」
魂鎖。
二重。
小妖精停止。
諜報員が飛び込む。
地図係の腕を掴む。
引き戻す。
ギリギリ。
助かった。
サミエムが目を見開く。
「……」
灰崎が怒鳴る。
「お前全部やろうとすんな!」
息が切れる。
魔力が削れる。
でも叫ぶ。
「任せろって言ったろ!!」
沈黙。
サミエムの魂の色が揺れた。
焦燥。
責任感。
恐怖。
そして。
ほんの少し。
安心。
「……悪い」
小さい声。
初めてだった。
謝罪。
預ける側の言葉。
灰崎は少しだけ笑う。
「後で聞く」
直後。
ズン!!
道が跳ねる。
根槍。
前方。
一斉。
「伏せろ!!」
サミエムが叫ぶ。
全員屈む。
風圧。
熱。
頭上を通過。
だが。
終わらない。
今度は横。
狭い一本道。
避け場がない。
「左寄れ!」
「無理!」
「いや寄れ!」
サミエムが前へ出る。
剣。
一閃。
根槍を弾く。
完全には無理。
だが軌道がズレる。
その隙。
灰崎。
魂鎖。
一瞬停止。
諜報員。
身体を押す。
全員通過。
「っ、はぁ……!」
息が苦しい。
汗が酷い。
肺が熱い。
でも。
進めている。
誰か一人じゃない。
役割。
前。
後ろ。
支援。
防御。
観察。
全部噛み合い始める。
チリン。
鈴。
白い妖精。
近い。
今までで一番近い。
肩に触れそうなほど。
逃げない。
見ている。
そして。
どこか嬉しそうにすら見えた。
錯覚かもしれない。
だが。
大妖精。
巨大な顔。
静かな目。
そこへ。
初めて。
感情が浮いた。
驚き。
違う。
納得。
肯定。
森の一部が風を受けるような、穏やかな揺れ。
そして。
頭へ再び声。
『一人では届かぬ』
短い。
だが今度は。
少しだけ柔らかい。
『なお示せ』
同時。
一本道の先。
道が三つへ裂けた。
そして。
全員が止まる。
絶句した。
三本。
だが。
一人用だった。
完全に。




