【怠惰の章】根下の門(六)
『力ではない』
頭の奥へ響いた声は短かった。
だが。
重かった。
意味が。
理解が。
否応なく胸へ沈んでいく。
次の瞬間。
ズン――ッ!!
地下全体が震えた。
「っ!?」
足場が跳ねる。
今までとは比べ物にならない。
根脈が波打つ。
巨大な生物の筋肉が蠢くように、床そのものが持ち上がり、沈み、裂け始める。
壁。
床。
天井。
全部が生き物みたいに動く。
「下がれ!!」
サミエムが叫ぶ。
直後。
根壁が爆発した。
槍。
いや。
森そのものが牙を剥く。
数十本。
一斉。
突き出される。
暴風。
轟音。
灰崎は転がるように避けた。
服が裂ける。
熱風。
数センチ横を根槍が通過していた。
「洒落になんねぇ!!」
背後。
諜報員の一人が盾で受ける。
瞬間。
吹き飛んだ。
「がっ……!」
地面へ叩きつけられる。
死んではいない。
だが息が止まっている。
重い。
威力が明確に上がっていた。
試験段階が変わった。
「また来る!」
地図係が叫ぶ。
小妖精。
群れ。
今度は動きが違う。
連携が精密になっていた。
前。
横。
上。
視線誘導。
囮。
死角。
完全に戦術だ。
しかも。
地形変化と噛み合っている。
足場が崩れた瞬間を狙う。
視線が逸れた瞬間へ刺し込む。
悪質。
だが。
(違う)
灰崎は息を整える。
考える。
観察。
法則。
ここまでずっとそうだった。
妖精。
蒸樹蛇。
根道。
全部。
突破口がある。
理不尽じゃない。
そして。
『力ではない』
さっきの言葉。
それ。
ヒントだ。
間違いなく。
「灰崎!!」
サミエム。
反射。
小妖精三体。
死角。
来る。
「魂を縛れ――魂鎖!」
青白い鎖が弾ける。
空中停止。
一瞬。
サミエム。
一閃。
木片が飛ぶ。
だが。
また来る。
終わらない。
「キリがねぇ!」
「違う!!」
灰崎が怒鳴った。
「倒すのが正解じゃねぇ!」
一瞬。
全員止まる。
「じゃあ何だ!」
サミエムが斬りながら叫ぶ。
灰崎は歯を食いしばる。
分からない。
でも。
ヒントはある。
力ではない。
資格。
森へ至る。
ここ。
ユグドラシル。
共生。
妖精。
案内。
試験。
頭の中で繋がり始める。
そして。
視界へ映る。
白い妖精。
案内役。
逃げない。
戦わない。
でも。
ずっと近くにいる。
鈴を鳴らす。
導く。
待つ。
試す。
そして。
小妖精たち。
役割。
群れ。
連携。
単独で動かない。
大妖精。
森。
環境。
全部。
(……協力?)
違う。
もっと近い。
共生。
役割。
支え合い。
「サミエム!!」
「何だ!!」
「一人で突っ込むな!!」
怒鳴る。
「俺見てる! 諜報員は地図係守れ! お前は前だけ見ろ!」
「命令か!」
「違う!! 役割分担だ!!」
その言葉。
一瞬。
空気が変わった。
チリン。
鈴。
妖精。
少しだけ近づく。
まるで。
続きを見たいように。
サミエムが息を吐く。
短く。
少し迷う。
そして。
「……了解」
初めてだった。
任せる言葉。
全部抱え込まない返答。
魂の色。
揺れる。
責任感。
焦り。
その奥。
ほんの少し。
軽くなる。
灰崎が叫ぶ。
「右後ろ!」
斬る。
「上!」
一閃。
「段差来る!」
サミエムが跳ぶ。
諜報員が地図係を支える。
隊列が崩れない。
小妖精が入り込めない。
少しずつ。
噛み合う。
戦場が変わる。
そして。
灰崎は気付く。
大妖精。
見ている。
攻撃している。
でも。
急所へ来ない。
殺し切れる瞬間があるのに。
しない。
確認。
試験。
資格。
なら。
見せるべきものがある。
力じゃない。
倒すことじゃない。
「……そういうことか」
灰崎が呟く。
汗が顎を伝う。
肺が熱い。
でも。
繋がった。
「森ってのは、一人じゃ生きられねぇ」
誰へともなく言う。
「全部役割ある」
炎。
水。
岩。
土。
まだ知らない。
でも森だ。
絶対そうだ。
支えている。
共生している。
「資格ってのは――」
言いかけた瞬間。
ズン。
地面が再び震えた。
今度は真正面。
巨大な根壁が開く。
道。
いや。
試練。
一本だけ。
細い足場。
その先。
大妖精。
静かな目。
そして。
頭へ響く。
『証明せよ』
今度は少し違った。
冷たくない。
測る声音。
『汝らは、支え合えるか』




