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【嫉妬の章】帝王連合

 空気は、まだ重かった。


 壊れたゲートの残骸。


 横たわる負傷者たち。


 押し潰された感情。


 それら全てが、その場に沈殿している。


 だが――


 止まってはいられない。


 マモンは、すでに次へ進んでいた。


「嫉妬帝は、しばらく動けん」


 淡々と。


 まるで確定事項のように言い放つ。


 灰崎が顔を上げる。


 サミエムも、ゆっくりと視線を向ける。


「……どういうことだ」


 灰崎が問う。


 マモンは答える。


「神器の制約だ」


 一歩、歩く。


 視線は全体を見ている。


「渇望の剣アヴァリス」


 その名が出た瞬間、場の空気が僅かに張り詰める。


「あれは“奪う”力に特化している」


 ゆっくりと続ける。


「地位、財産、能力、記憶――あらゆるものを奪う」


 灰崎の脳裏に、あの戦いがよぎる。


 力を削られる感覚。


 あれの本質。


「だが、代償がある」


 マモンの声は変わらない。


「大きく奪えば奪うほど、再使用までの時間が跳ね上がる」


 一拍。


「今回、奴は使い過ぎた」


 断言。


「数か月はまともに動けん」


 その言葉。


 安堵ではない。


 ただの“猶予”だ。


「……なら」


 サミエムが口を開く。


「今のうちに叩くとか……」


「無理だな」


 即答。


 迷いがない。


「居場所が分からん」


 それだけで終わる。


 反論の余地はない。


 沈黙。


 だが、マモンは続ける。


「だが、必ず動く」


 断定。


「そして、その時には」


 わずかに、口元が歪む。


「俺が暴食帝を殺した証拠も揃えてくる」


 空気が凍る。


「……は?」


 誰かが声を漏らす。


 だが、マモンは気にしない。


「奴はそういう男だ」


 淡々と。


「確実に勝てる状況を整えてから動く」


 視線が、鋭くなる。


「感情では動かん。合理で動く」


 その言葉。


 どこか、似ている。


 この場にいる誰かと。


「つまり……」


 灰崎が低く言う。


「討伐隊を組む、ってことか」


「正確には」


 マモンが訂正する。


「帝王連合だ」


 その一言。


 重い。


 あまりにも。


「複数の帝王を束ねる」


「俺を確実に殺すために」


 当たり前のように言う。


 だが、それが意味するものは――


 戦争。


 個ではない。


 勢力同士の衝突。


「……ふざけんなよ」


 サミエムが吐き捨てる。


「帝王が組むとか、そんなの……」


 言葉が続かない。


 規模が違いすぎる。


 だが。


「だから、こちらも組む」


 マモンは、淡々と返す。


 視線を全員に向ける。


「対抗策だ」


 短い。


 だが明確。


「連合を組む」


 空気が揺れる。


「……誰とだよ」


 サミエムが睨む。


 マモンは答える。


「怠惰帝だ」


 その名。


 場の空気が、また変わる。


「……は?」


「正気かよ……」


 誰かが呟く。


 当然だ。


 怠惰帝。


 その存在は――


 “幻”。


「奴には神器がある」


 マモンが続ける。


「そして今」


 視線が、サミエムの手へ向く。


「その一部は、こちらにある」


 怠惰帝の盾。


 それが、静かに光る。


「交渉材料としては十分だ」


 合理的。


 あまりにも。


「……でもよ」


 サミエムが言う。


「見つかんのかよ、そいつ」


 その問い。


 核心だった。


 怠惰帝。


 その都。


 伝承にしか残らない。


 誰も、正確な位置を知らない。


「幻と呼ばれている」


 灰崎が補足する。


「存在すら曖昧な――」


「そんなもん無理だろ!!」


 別の諜報員が叫ぶ。


 感情が、溢れる。


「探せるわけねぇだろ!!」


 その通りだった。


 現実的ではない。


 だが。


「辺りはつけている」


 マモンが、言う。


 短く。


 だが、その言葉は重い。


 全員の視線が集まる。


「……どこだ」


 灰崎が問う。


 一瞬の間。


 そして。


「大森林だ」


 その一言。


 空気が、変わる。


「……は?」


 サミエムが眉をひそめる。


「冗談だろ」


 大森林。


 この世界でも屈指の危険地帯。


 魔物の巣窟。


 地形は複雑。


 視界は悪い。


 常に死と隣り合わせ。


 そんな場所に。


 帝王の都がある?


「可能性が最も高い」


 マモンは断言する。


「奴の性質を考えればな」


 怠惰。


 人を拒む。


 関わりを断つ。


 ならば。


「外界から隔絶された場所にいる」


「干渉されない場所」


「誰も辿り着けない場所」


 条件が揃う。


「……だからって」


 サミエムが言う。


「見つかる保証はねぇだろ」


「ない」


 即答。


 だが。


「それでも行く」


 迷いがない。


「他に選択肢はない」


 静かに。


 だが、強く。


 現実を突きつける。


 沈黙。


 誰も、すぐには動けない。


 規模が違う。


 戦いの次元が変わっている。


 だが。


 逃げ場は、ない。


 灰崎が、ゆっくりと息を吐く。


(……行くしかない)


 理解している。


 もう戻れない。


 この流れは。


 止まらない。


「……分かった」


 短く言う。


 サミエムを見る。


 サミエムは、しばらく黙っていた。


 拳を握る。


 歯を食いしばる。


 そして。


「……行くしかねぇだろ」


 吐き出すように言う。


 諦めではない。


 覚悟。


 それが、そこにあった。


 マモンが頷く。


「決まりだ」


 それだけ。


 だが、それで十分だった。


 戦いは、次の段階へ進む。


 個から。


 帝王へ。


 そして――


 世界規模の戦争へと。


            嫉妬の章 完

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