【嫉妬の章】冷静なる者、最後に勝つ
熱が、頂点へと向かっていた。
斬撃と衝突。
爆ぜる魔力。
地面はすでに原形を留めていない。丘は削れ、土は抉れ、空気すら歪む。
ヘリオの剣が唸る。
炎、雷、風、水――四属性を重ねた刃が、九尾の肉体を裂く。
サミエムもまた、前線で舞っていた。
炎と雷を纏わせた剣に、風を乗せることで加速する。
踏み込み、離脱、再加速。
間合いを自在に操る戦い方。
二人が前線。
そして――
灰崎は後方。
魂術師として、“場”を制御する。
(……流れは悪くない)
顕現した魔獣を放つ。
直接の決定打ではない。
だが、九尾の意識を散らし、視線を分断する。
その一瞬で、前線が斬り込む。
役割は明確だった。
拮抗。
確かに、今は互角。
だが――
(……何かが静かすぎる)
灰崎の中で違和感が膨らむ。
戦いは激しい。
だが。
“揺らぎ”がない。
その答えを掴む前に。
「――はあああああ!!」
サミエムが踏み込んだ。
剣が唸る。
炎と雷が激しく明滅する。
風を纏い、極限まで加速する。
ツバメ返し。
三連撃。
一太刀目――
斜めからの高速斬撃。
回避を誘う。
二太刀目――
逆方向からの返し。
軌道を潰す。
そして。
三太刀目――
真正面。
全てを重ねた、必殺の一閃。
完全に入った。
そう確信できる軌道。
だが。
――弾かれた。
「……は?」
サミエムの声が止まる。
三撃目が、あり得ない角度で跳ね返る。
違う。
弾かれたのではない。
“返された”。
灰崎の視線が走る。
九尾の背後。
そこに。
「……しっぽ……?」
一本。
尾が、再生していた。
完全ではない。
だが確かに存在する。
そして、その尾には――
盾。
反射の力。
冷たい理解が走る。
(……全部じゃない)
なぜ一本だけ。
なぜ今。
答えは明白だった。
(……選んだのか)
全てを戻すのではなく。
一点に集中。
最小で最大の効果。
必要な瞬間に、必要な分だけ。
再構築。
「……はは」
灰崎の口から乾いた笑いが漏れる。
その視線の先。
嫉妬帝が、こちらを見ていた。
その目。
熱はある。
だが奥は――冷たい。
(……こいつだけ、違う)
戦いがどれだけ激化しても。
この男だけは。
ずっと。
冷静だった。
九尾が口を開く。
「気づいた?」
低い声。
「これ」
尾が揺れる。
「俺のじゃない」
空気が止まる。
「怠惰帝の神器だよ」
その一言。
灰崎の思考が繋がる。
「……奪ったのか」
「そう。不平等な条約でね」
軽く言う。
「だから、これは俺のものだ」
盾が、強く光る。
その瞬間。
均衡が崩れる。
サミエムの斬撃が通らない。
ヘリオの刃も弾かれる。
たった一本。
それだけで。
戦況が、こちらに傾く。
(……まずい)
灰崎の思考が加速する。
だが、その瞬間。
空が光る。
――来る。
白光。
再び。
無尽弓グラトニアスの一射。
嫉妬帝が動く。
冷静に回避する。
間に合う。
だが。
その一瞬。
軌道がズレた。
「――っ!」
身体をかすめる。
致命ではない。
だが、体勢が崩れる。
原因。
灰崎は見逃さない。
ヘリオ。
その手に、信号弾。
白光に重ねて撃っていた。
認識をズラすために。
冷静な男は、一人じゃなかった。
「――今だ」
ヘリオが踏み込む。
刃を構える。
重ねる。
炎。
雷。
風。
水。
そして。
全て。
オールエンチャント。
空気が悲鳴を上げる。
世界が軋む。
「終わりだ」
一閃。
「天蓋の剛撃」
斬る。
静寂。
次の瞬間。
九尾の首が、宙を舞った。
巨体が崩れる。
地に沈む。
戦いが、終わる。
灰崎は静かに息を吐く。
長い戦いだった。
だが。
確かに。
勝ったのだ。




