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【嫉妬の章】届かぬ壁と揺らぐ心

 九尾が、動く。


 それだけで戦場が歪んだ。


 尾が振られるたびに空気が裂け、地面が抉れ、瓦礫が宙を舞う。防御ではない。もはや純粋な暴力だった。


「散開しろ!」


 灰崎の声が響く。


 だが、その指示すら遅い。


 衝撃が走る。


 サミエムが咄嗟に腕を交差させ、炎と雷を纏って受け止める。


「ぐっ……!!」


 だが防ぎきれない。


 身体ごと弾き飛ばされ、地面を転がる。


 灰崎も同時に動く。別方向から踏み込む。狙いは一つ、九尾の“隙”。


 だが――


 ない。


 尾が一つ動く。


 それだけで、全てが弾かれる。


 別の尾が反応する。


 さらに別の尾が補完する。


 九重の盾。


 完全に連動している。


(……穴がねえ)


 攻めても意味がない。


 削れない。


 通らない。


 それでも止まれない。


「畳みかけろ!」


 サミエムが叫ぶ。


 再び立ち上がり、踏み込む。炎を重ねる。雷を増幅させる。複合エンチャントをさらに重ね、強引に威力を引き上げる。


「ぶち抜く!」


 叩き込む。


 だが――


 弾かれる。


 衝撃が返る。


「がっ……!」


 吐血。


 明らかにダメージが蓄積している。


 諜報員たちも動く。


 遠距離からの援護。


 角度を変え、タイミングをずらし、死角を狙う。


 だが同じ。


 通らない。


 全て、弾かれる。


 そして。


 反撃。


 尾が薙ぐ。


 一人、吹き飛ぶ。


 もう一人、瓦礫に叩きつけられる。


「……チッ!」


 灰崎が歯を食いしばる。


 完全な劣勢。


 どうにもならない。


 外からの支援――本屋の攻撃も、ほとんど通らなくなっていた。盾の出力が上がり、軌道そのものを逸らされている。


 内も外も、封じられた。


「……撤退だ」


 灰崎が低く言う。


 一瞬、空気が止まる。


「は……?」


 サミエムが顔を上げる。


「何言ってんだ、ここで――」


「死ぬぞ」


 短い言葉。


 現実。


 誰も反論できない。


 このまま続ければ、全滅する。


 勝ち筋は見えない。


 ならば――


 退くしかない。


「……クソが!」


 サミエムが地面を殴る。


 だが、それでも立ち上がる。


「全員、下がるぞ!」


 指示が飛ぶ。


 諜報員たちが動く。


 負傷者を引きずり、瓦礫を越え、後退する。


 だが。


 九尾は、それを許さない。


 尾が振られる。


 逃げる方向を塞ぐ。


「……っ!」


 灰崎が強引に踏み込み、別方向へ誘導する。注意を引く。わずかでも時間を稼ぐ。


 その間に、後退。


 だが、遅い。


 圧が強すぎる。


 逃げ切れない。


 その時。


 別方向から、複数の気配が走る。


 諜報員。


 待機していた別働隊。


「援護する!」


 声が響く。


 矢。


 魔術。


 一斉に叩き込まれる。


 だが――


 意味がない。


 全て弾かれる。


 九尾は止まらない。


 むしろ、数が増えたことで攻撃対象が増えただけだ。


 尾が薙ぐ。


 まとめて吹き飛ばされる。


「……なんだよ、これ……!」


 誰かが呟く。


 絶望が滲む声。


 どうやっても勝てない。


 どうやっても届かない。


 帝王。


 その現実。


 そして。


 ぽつりと。


 誰かが言った。


「……やっぱり」


 小さな声。


 だが、はっきりと聞こえた。


「帝王を越えられない男、か」


 その言葉。


 一瞬、時間が止まる。


 サミエムの動きが、止まった。


「……あ?」


 低い声。


 次の瞬間、言った男の胸ぐらを掴み上げる。


「今、なんつった?」


 目が据わっている。


 怒り。


 純粋な。


「取り消せ」


 圧がかかる。


「今すぐ取り消せ」


 諜報員は言葉を詰まらせる。


「だ、だってよ……現に――」


「取り消せって言ってんだろ!」


 怒鳴る。


 その瞬間。


 灰崎が割って入る。


「やめろ!」


 強い声。


 サミエムの腕を掴む。


「今それやってる場合か!」


「……っ」


 サミエムが歯を食いしばる。


 分かっている。


 分かっているが。


 抑えきれない。


 それでも。


 手を離す。


「……クソが」


 吐き捨てる。


 その瞬間。


 ――来る。


「避けろ!!」


 灰崎が叫ぶ。


 九尾の尾が、振り下ろされる。


 容赦がない。


 会話の隙など関係ない。


 ただ叩き潰す。


 衝撃。


 地面が砕ける。


 数人が吹き飛ぶ。


「ぐあっ……!」


 血が舞う。


 瓦礫が崩れる。


 さらに追撃。


 逃がさない。


 確実に、潰しに来る。


 灰崎は歯を食いしばる。


(……最悪だ)


 戦況は崩壊。


 連携も乱れた。


 心も揺らいでいる。


 そして。


 ヘリオはいない。


 あの男なら。


 あの冷静さなら。


 何か見抜いたかもしれない。


 だが、いない。


 ここにはいない。


 それが現実。


「……行くぞ!」


 灰崎が叫ぶ。


「生きて帰るぞ!」


 それしかない。


 勝てないなら。


 今は。


 退く。


 そのために。


 全員で、必死に抗う。


 九尾の暴力が迫る中。


 灰崎たちは、崩壊する戦場からの脱出を試みる。

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