表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/146

【嫉妬の章】九尾、崩壊する均衡

 風が、変わった。


 外からの不可視の一撃。内側からの同時攻撃。流れは確実にこちらへ傾きつつあった。ヴェルディアの動きは鈍り、盾の処理も追いつききれていない。


 勝てる。


 誰もがそう感じ始めていた、その瞬間だった。


「……あーあ」


 ヴェルディアが、小さく息を吐く。


 どこか、面倒そうに。


「ここまで来るとは思わなかったな」


 その声音に、違和感が走る。


 焦りではない。


 諦めでもない。


 むしろ――


 “切り替え”。


 灰崎の背筋に、嫌なものが走った。


「……下がれ」


 思わず口に出る。


 サミエムが眉をひそめる。


「は? 何言って――」


「いいから下がれ!」


 強い声。


 その直後だった。


 ヴェルディアの体から、何かが溢れ出した。


 魔力。


 いや、それ以上の“濃度”。


 空気が軋む。


 地面が震える。


「……は?」


 サミエムの声が、かすれる。


 ヴェルディアの輪郭が、歪む。


 人の形を保てなくなる。


 溶けるように、崩れ。


 そして。


 膨張する。


「――変わるよ」


 その声は、重なっていた。


 一つではない。


 複数。


 内側から響くような、歪な音。


 次の瞬間。


 爆発的な衝撃が広がる。


 瓦礫が吹き飛ぶ。


 空気が押し潰される。


 灰崎たちは咄嗟に距離を取る。


 そして。


 そこに現れたのは――


「……なんだよ、これ……」


 サミエムの声が、震える。


 巨大な影。


 獣。


 九つの尾を持つ、狐。


 その一本一本が、異様な存在感を放っている。


 そして――


 尾のそれぞれに、“何か”がある。


 見えない。


 だが、分かる。


 あの感覚。


 弾く力。


 反射。


 盾。


(……九つ……?)


 灰崎の思考が、一瞬止まる。


 九つの尾。


 それぞれに盾。


 つまり――


 九重防御。


「はは……」


 低い笑い声が響く。


 もはや人の声ではない。


「これなら、どう?」


 九尾の狐――ヴェルディアが、ゆっくりと首を動かす。


 その動きだけで、空気が震える。


 圧が違う。


 さっきまでとは、次元が違う。


 サミエムが歯を食いしばる。


「ふざけんなよ……!」


 踏み込む。


 炎と雷を最大出力で叩き込む。


 だが――


 届かない。


 尾の一つが動く。


 それだけで、完全に弾かれる。


 反射。


 そして衝撃が返る。


「ぐっ……!」


 吹き飛ばされる。


 灰崎も同時に動く。


 だが同じ。


 一つの尾が防ぐ。


 別の尾が反応する。


 重なる防御。


 隙がない。


(……無理だろ、これ)


 理解してしまう。


 突破不可能。


 単純な攻撃では、一切通らない。


 その時。


 遠くから、音がした。


 金属音。


 足音。


 叫び声。


 サミエムが顔を上げる。


「……増援か!?」


 だが、それは味方ではない。


 鎧。


 旗。


 武装。


 シレヴァルトの騎士団。


 大勢。


 瓦礫を越え、この場へと雪崩れ込んでくる。


「見つけたぞ! 侵入者――」


 先頭の騎士が叫ぶ。


 だが。


 その言葉は、最後まで続かなかった。


 九尾が、動く。


 一本の尾が振られる。


 ただ、それだけ。


 空気が裂ける。


 次の瞬間。


 騎士たちが、まとめて吹き飛んだ。


「……は?」


 サミエムが呆然とする。


 灰崎も、言葉を失う。


 味方ではない。


 敵。


 だが――


 関係ない。


 九尾は、区別していない。


 次の尾が振られる。


 別方向の騎士団が、薙ぎ払われる。


 鎧ごと、叩き潰される。


 悲鳴。


 破壊音。


 血。


 瓦礫。


 全てが混ざる。


「……おい、これ……」


 サミエムの声が低くなる。


 灰崎は、確信する。


(……制御してねえ)


 違う。


 制御できていない。


 暴走。


 あるいは――


 最初から。


「全部、壊れるよ」


 九尾の声が響く。


 複数の声が重なる。


「君たちも」


「騎士も」


「街も」


 楽しそうに。


 狂ったように。


「全部」


 尾が一斉に動く。


 防御だけじゃない。


 攻撃にも転じる。


 全方位。


 逃げ場がない。


「……チッ!」


 サミエムが飛び退く。


 灰崎も同時に動く。


 だが、範囲が広すぎる。


 一つを避けても、次が来る。


 さらに外からの攻撃。


 本屋の支援。


 だが、それすら弾かれる。


 九重の盾。


 完全な要塞。


 そして暴力。


 戦場が、崩壊する。


 秩序はない。


 敵味方も関係ない。


 ただ破壊だけが広がる。


「……クソが」


 灰崎は吐き捨てる。


 だが、目は死んでいない。


 むしろ。


 鋭くなる。


(……逆だ)


 守りが硬すぎる。


 攻撃も強すぎる。


 だが。


 制御できていない。


 なら。


 そこに、隙がある。


 混沌の中で。


 灰崎は、次の一手を探す。


 戦いは。


 完全に、次の段階へと進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ