【嫉妬の章】用意された答え
帰路は、静かだった。
何も起こらない。
誰にも見つからない。
追跡もない。
それが――
あまりにも不自然だった。
サミエムが小さく呟く。
「……楽すぎねえか」
誰も答えない。
だが、全員が同じことを感じていた。
シレヴァルトの街は変わらない。
均一な動き。
均一な視線。
“異物”が通っているはずなのに。
何も起こらない。
(……見逃されてる)
灰崎の中で、確信に近い違和感が形になる。
図書館。
拠点に戻る。
扉が閉まる。
遮断。
ようやく、外の視線が切れる。
サミエムが息を吐く。
「……なんだよ、これ」
成功したはずだ。
潜入。
救出。
情報奪取。
だが。
“達成感がない”。
ヘリオが紙を広げる。
奪ってきた資料。
城内構造図。
警備配置。
そして――
就寝部屋の割り当て。
「……精密だな」
サミエムが覗き込む。
「完璧じゃねえか」
ヘリオは、何も言わない。
視線が、動かない。
違和感。
ほんのわずか。
だが、確実に。
灰崎が言う。
「……揃いすぎてるな」
リュミエラが顔を上げる。
「何が」
ヘリオが答える。
「“必要なものだけがある”」
沈黙。
資料は完璧だ。
抜けがない。
無駄がない。
だからこそ――
「不自然だ」
サミエムが眉をひそめる。
「いや、でもよ……」
言いかけて、止まる。
思い出す。
この街の構造。
死角がない。
見逃さない。
なら。
「……なんで、取れた」
誰にも見つからず。
何の抵抗もなく。
“重要な情報が手に入った”。
リュミエラの顔から、血の気が引く。
「……まさか」
震える声。
「最初から……」
ヘリオが静かに言う。
「用意されていた」
その一言で、全てが繋がる。
サミエムが舌打ちする。
「クソが……」
罠。
だが、単純なものじゃない。
“信じさせる罠”。
成功体験を与え。
確信を持たせ。
その上で、殺す。
灰崎は目を閉じる。
一瞬だけ。
思い返す。
あの基地。
違和感。
“抵抗のなさ”。
(……あいつは)
見ていた。
最初から。
全てを。
リュミエラが震える。
「……じゃあ、父様も」
灰崎は答えない。
だが。
可能性は一つしかない。
ヘリオが言う。
「利用されている可能性は高い」
救出ですら。
計算の内。
サミエムが拳を握る。
「ふざけんな……」
怒り。
だが、それ以上に。
理解してしまった。
敵の“深さ”を。
リュミエラが顔を上げる。
涙は、もう止まっている。
「……でも」
声は震えていない。
「進むしかない」
強い目。
「止まったら、全部奪われる」
正しい。
この街では。
考え続けることが、生きることだ。
灰崎は頷く。
「なら」
資料を見る。
偽でもいい。
使い方次第だ。
「利用する」
罠を。
逆に。
ヘリオが小さく笑う。
「同感だ」
サミエムが肩を鳴らす。
「やっと面白くなってきたな」
完全に掌の上。
だが――
それで終わるつもりはない。
見られているなら。
“見せる”。
次の一手を。
わざと。
そして、その裏で。
刺す。
静かに。
戦いは、次の段階へ進む。




