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【嫉妬の章】本屋と呼ばれる者たち

 部屋の空気は、静かだった。


 だが――


 張り詰めている。


 先ほど現れた少女は、壁際に立ったまま動かない。


 視線だけが、灰崎たちを測っていた。


 値踏み。


 遠慮はない。


 サミエムが肩をすくめる。


「……で?」


 軽く言う。


「俺ら、合格か?」


 少女は答えない。


 代わりに、ゆっくりと歩き出した。


 机の上にある紙を一枚取り、何かを書く。


 それを裏返す。


 ヘリオが目を細める。


「……筆談か」


「ここでは声は“漏れる”」


 少女が初めて口を開いた。


 小さな声。


 だが、はっきりしている。


「基本はこれ」


 紙を差し出す。


 そこには、整った文字でこう書かれていた。


『この街において、言葉は武器ではなく“弱点”になる』


 サミエムが鼻で笑う。


「徹底してんな」


 少女は淡々と続ける。


「それでも足りない」


 指先で、壁を軽く叩く。


 乾いた音。


 その意味に、灰崎は気づく。


「……鏡か」


 少女の目が、わずかに細くなる。


「気づくんだ」


 壁の一部。


 ただの装飾に見えるそれは、確かに鏡だった。


 そして。


「この街の至る所にある」


 少女は言う。


「鏡越しに、筆談で情報を流す」


 ヘリオが短く呟く。


「……反射と死角の応用か」


「違う」


 少女は首を振る。


「死角は存在しない」


 その言葉は重い。


「だから、“見られている前提”で情報を扱う」


 隠すのではない。


 読まれても問題ない形にする。


 暗号。


 分散。


 断片化。


「それが、私たち」


 少女は言った。


「“本屋”」


 その呼び名に、サミエムが眉をひそめる。


「……随分と地味だな」


「力で勝てないから」


 即答だった。


 迷いがない。


「知で対抗する」


 その言葉に、嘘はなかった。


 灰崎は静かに問う。


「……なぜ、力で勝てない」


 少女は一瞬だけ沈黙した。


 そして。


 ゆっくりと口を開く。


「神器」


 空気が変わる。


「嫉妬帝の持つもの」


 その声には、わずかな感情が混ざっていた。


 恐怖。


「渇望の短剣――アヴァリス」


 その名が出た瞬間。


 部屋の空気が、さらに重くなる。


「刺されたら終わり」


 短い説明。


 だが、それで十分だった。


「全部、奪われる」


 サミエムが顔をしかめる。


「全部って……」


「全部」


 少女は繰り返す。


「地位、財産、能力」


 一拍。


「……価値」


 嫉妬。


 渇望。


 全てを奪っておいて満たされない欲望でもあるというのか。


 この支配の根源となった力に恐怖を覚える。


「反抗勢力は、何度も生まれた」


 少女は続ける。


「だが、必ず潰される」


 理由は単純だった。


「一番上を刺す」


 それだけ。


 指揮官。


 リーダー。


 象徴。


 それが奪われる。


 地位も。


 能力も。


 全て。


「組織は崩壊する」


 静かな声。


 だが、重い現実。


「だから私たちは、“上を作らない”」


 サミエムが眉を上げる。


「は?」


「指導者はいる」


 少女は自分を指す。


「でも、“絶対ではない”」


 分散。


 共有。


 誰か一人が消えても、続く構造。


「それでも――」


 少女の目が、わずかに揺れる。


「限界はある」


 沈黙。


 灰崎は理解する。


 これは防御だ。


 勝つためのものではない。


 生き残るための仕組み。


 少女がこちらを見る。


 まっすぐに。


「あなたたちは違う」


 断言。


「“例外”」


 ガルドを倒した。


 それが全て。


「だから、見てる」


 品定め。


 利用できるかどうか。


「協力できるか」


 その言葉に、サミエムが笑う。


「上からだな」


 だが、否定はしない。


 事実だからだ。


 ヘリオが静かに言う。


「条件は」


 少女は即答した。


「証明して」


「何をだ」


 一歩、近づく。


 距離が縮まる。


 その目に、わずかな熱が宿る。


「嫉妬帝に届くってことを」


 静かに。


 だが確実に。


「“奪われない”って証明を」


 それが。


 この街で唯一の希望だった。


 灰崎は、何も言わない。


 ただ、その目で答える。


 逃げない。


 折れない。


 その意志だけを。


 少女は、しばらく見つめていた。


 やがて。


 小さく息を吐く。


「……いい」


 短く言う。


「試す価値はある」


 その言葉は、許可ではない。


 賭けだ。


 この街の命運を乗せた。


 静かな賭け。


 戦いは、もう始まっている。


 見えない形で。

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