【嫉妬の章】視線の街
レジスタンスの影
をじっくり描きます。
嫉妬の章
第二十三話 視線の街
空が、異様に青かった。
抜けるような青。
どこまでも続く、雲一つない空。
だが――
空気は重い。
湿地を抜けたはずなのに、まとわりつくような湿度が消えない。
肌に張り付くような、不快な感覚。
サミエムが顔をしかめる。
「……なんだここ」
視線の先。
広がるのは、嫉妬帝の首都――シレヴァルト。
だが、その第一印象は。
「……気味が悪いな」
ヘリオの言葉が、そのまま答えだった。
整いすぎている。
街並みが。
道が。
建物が。
全てが、規則的すぎる。
不自然なほどに。
灰崎は、立ち止まった。
ゆっくりと視線を巡らせる。
広い通り。
一直線に伸びる道。
曲がり角が少ない。
建物は低く、均一。
高低差がほとんどない。
死角が、ない。
(……そういうことか)
気づく。
この街は――
“隠れること”を許していない。
サミエムも気づいたらしい。
「おい……これ」
「ああ」
ヘリオが短く頷く。
「視線を切れない」
どこにいても、誰かの視界に入る。
壁の陰がない。
路地が浅い。
建物の配置が、全て“見渡せるように”設計されている。
意図的だ。
明らかに。
「……監視用の街かよ」
サミエムが舌打ちする。
灰崎は何も言わない。
ただ、感じている。
視線。
直接ではない。
だが確実に。
“見られている”。
誰かに。
いや――
(……全員だな)
住人たち。
通りを歩く人間。
その全てが、異様だった。
目を合わせない。
だが、見ている。
さりげなく。
自然に。
しかし確実に。
“周囲を把握している”。
サミエムが小さく呟く。
「……気持ち悪っ」
「突出するな」
ヘリオが低く言う。
「ここは“普通”が基準だ」
目立てば終わり。
それは直感で理解できる。
灰崎は歩き出した。
自然に。
周囲に溶け込むように。
だが。
内側では、違う。
(……密度が高い)
情報の。
視線の。
そして――
“恐怖の”。
この街は、抑圧されている。
露骨ではない。
だが確実に。
息が詰まるような圧迫感。
自由がないわけじゃない。
だが、“選べない”。
そういう空気。
しばらく歩いたところで。
ヘリオが足を止めた。
「……ここだ」
何の変哲もない建物。
目立たない。
周囲と同じ。
だが。
「入るぞ」
扉を開ける。
中に入る。
その瞬間。
空気が変わった。
外の圧が、消える。
サミエムが息を吐く。
「……なんだこれ」
「防音、遮断」
ヘリオが短く言う。
「ここだけは“外と切れている”」
奥から声がした。
「遅かったな」
数人の男たち。
影の中にいる。
だが、その目は鋭い。
「……来たか、ヘリオ」
仲間だ。
諜報員。
その数。
一人や二人じゃない。
十人以上。
さらに奥にも気配がある。
サミエムが目を見開く。
「こんなにいるのかよ」
「これでも一部だ」
ヘリオが言う。
「拠点は複数ある」
灰崎は周囲を見る。
机。
地図。
書類。
そして――
筆談用の紙。
言葉は使えない。
聞かれているからだ。
ここに来て、確信に変わる。
(……異常だな)
徹底している。
嫉妬帝の支配は。
そこへ。
一人の男が前に出る。
「状況は最悪だ」
低い声。
「最近、監視が強まっている」
ヘリオが眉を動かす。
「理由は」
男は、少しだけ間を置いた。
「……お前たちだ」
サミエムが顔をしかめる。
「は?」
「湿地だ」
男は続ける。
「ガルドがやられた」
その一言。
空気がさらに重くなる。
「あり得ない戦力の動きだと判断された」
つまり。
例外。
異常。
それが、ここに来ている。
「嫉妬帝は“例外”を嫌う」
男の声が低くなる。
「今、この街は“完全警戒状態”だ」
沈黙。
灰崎は理解する。
これはただの潜入じゃない。
敵の本拠地で。
完全にマークされた状態。
その中で動く。
サミエムが笑う。
だが、軽くはない。
「……最高じゃねえか」
ヘリオは何も言わない。
ただ、状況を組み立てている。
そして。
灰崎は、もう一つの気配に気づいた。
奥。
暗がり。
そこから、視線。
「……誰だ」
静かに言う。
影から、一人の少女が出てくる。
痩せている。
だが、その目は強い。
「レジスタンス」
短く言った。
その一言で、全てが繋がる。
この街の中で。
抗う者たち。
少女は灰崎たちを見る。
まっすぐに。
「……あなたたち、本当にやれるの?」
その問いには。
疑いと。
わずかな期待が混ざっていた。
灰崎は答えない。
ただ、見返す。
その目だけで。
サミエムが肩を鳴らす。
「やるしかねえだろ」
ヘリオが静かに言う。
「準備を始める」
戦いは終わっていない。
むしろ――
ここからが本番だ。
見えない監視。
逃げ場のない街。
そして。
全てを奪う帝。
その中心へ向けて。
静かに、動き出す。




