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【嫉妬の章】歓喜の咆哮

 泥が、わずかに沈む。


 その一歩に、音はほとんどなかった。


 だが――


 圧だけが、空間を満たしていく。


 ガルド・ヴェルガ。


 湿地に君臨する将。


 その存在が、三人の前に立っていた。


 サミエムが剣を構える。


 口元が歪む。


「……いい面してんじゃねえか」


 対して。


 ガルドは、ゆっくりと笑った。


 牙が覗く。


 その瞳には、隠しきれない感情があった。


 歓喜。


「――いい」


 低く、震える声。


「久しいな」


 その一言だけで分かる。


 こいつは、求めている。


 強敵を。


 戦いを。


 壊し合いを。


「“壊しがい”のある相手は」


 空気が、軋む。


 サミエムの目が細くなる。


「……はっ、上等だ」


 次の瞬間。


 ガルドが消えた。


 踏み込みが見えない。


 泥が弾ける。


 一直線。


 サミエムへ。


「――ッ!」


 反応はした。


 だが、遅い。


 爪が振り抜かれる。


 重い。


 速い。


 鋭い。


 サミエムは剣で受ける。


 衝撃。


 骨に響く。


「ぐっ……!」


 体が持っていかれる。


 足が滑る。


 湿地が踏ん張りを奪う。


 そのまま後方へ弾かれる。


 地面を滑り、ようやく止まる。


「……っ、重っ……!」


 ただの一撃。


 それだけで、腕の感覚が鈍る。


 ヘリオが動く。


 横から切り込む。


 短剣が閃く。


 狙いは首。


 だが。


 ガルドは避けない。


 腕で受ける。


 金属音。


 弾く。


 硬い。


 ただの肉体じゃない。


「面白い」


 ガルドが笑う。


 そのまま蹴りを放つ。


 重い一撃。


 ヘリオは後退していなす。


 距離を取る。


 無理に押さない。


 観察する。


「……完全に上だな」


 サミエムが低く言う。


 ヘリオは答えない。


 ただ、視線だけで全てを測っている。


 灰崎は、別のものを見ていた。


 色。


 ガルドの内側。


 濃い。


 異様なほどに。


 感情が単純だからこそ、濁らない。


 戦い。


 歓喜。


 それだけが凝縮されている。


(……まだ上がる)


 確信する。


 これは底じゃない。


 もっと深い。


「来るぞ」


 ヘリオが言う。


 その瞬間。


 ガルドが笑った。


「まだ足りん」


 踏み込む。


 今度はさらに速い。


 サミエムへ一直線。


「チッ!」


 サミエムも動く。


 迎え撃つ。


 逃げない。


 ここで退けば、通用しない。


 魔力を流す。


「風――炎――雷!」


 三属性。


 未完成。


 だが、叩き込む。


 振るう。


 斬撃が走る。


 爆ぜる。


 前方へ叩きつける。


 ガルドは――


 突っ込んだ。


 正面から。


 爆発の中へ。


「なっ――!?」


 衝撃が直撃する。


 泥が吹き飛ぶ。


 煙が上がる。


 だが。


 止まらない。


 影が、突き抜ける。


「足りんと言っている!」


 咆哮。


 拳が振り下ろされる。


 サミエムはギリギリで回避。


 地面が抉れる。


 深く。


 直撃すれば終わりだ。


「クソが……!」


 距離を取る。


 息が荒い。


 効いていないわけじゃない。


 だが、決定打にならない。


「いいぞ」


 ガルドが言う。


 心底楽しそうに。


「もっと見せろ」


 その目は飢えている。


 灰崎は前に出た。


 視線が向く。


 ガルドの瞳が細められる。


「お前か」


 低い声。


「いいな」


 理解している。


 より強い方。


 より“壊しがい”のある方。


 灰崎は構えた。


 武器はない。


 だが、それでいい。


 体の内側。


 魂の揺れ。


 それが武器だ。


 ガルドが踏み込む。


 速い。


 重い。


 拳が来る。


 灰崎は受けない。


 半歩ずらす。


 流す。


 最小限。


 そのまま懐へ。


 だが。


 止まらない。


 肘。


 膝。


 連撃。


 淀みがない。


「――ッ!」


 灰崎は捌く。


 いなす。


 だが、衝撃は残る。


 足が滑る。


 湿地が邪魔をする。


(強いな)


 純粋に。


 経験が違う。


 そして何より。


 楽しんでいる。


 それが限界を押し上げている。


「どうした」


 ガルドが笑う。


「その程度か」


 挑発。


 だが本気だ。


 まだ足りないと。


 灰崎は息を吐く。


 色を見る。


 歓喜。


 昂揚。


 そして――渇き。


(……まだ届かない)


 もっとだ。


 もっと引き上げる必要がある。


「サミエム」


「……おう」


 短い応答。


 理解している。


 二人同時に動く。


 左右からの挟撃。


 ガルドの視線が揺れる。


 一瞬。


 それでいい。


「風――炎――雷!」


 サミエムの斬撃。


 今度はまとまっている。


 未完成だが、形だ。


 爆発が走る。


 横から抉る。


 同時に。


 灰崎が踏み込む。


 内側へ。


 拳を叩き込む。


 衝撃。


 確かな手応え。


 だが。


 ガルドは笑っていた。


「いい」


 低く。


 震える声で。


「それだ」


 その瞬間。


 空気が変わる。


 重くなる。


 湿地が沈むような錯覚。


 圧が増す。


 灰崎の目が細くなる。


(……来る)


 色が跳ね上がる。


 歓喜が、臨界へ。


 サミエムが息を呑む。


「なんだ、これ……」


 ヘリオが低く言う。


「下がるな」


「ここが境目だ」


 灰崎は構えた。


 理解している。


 ここから先。


 それが本番だ。


 ガルドが顔を上げる。


 笑っている。


 今までで一番。


「……いいぞ」


 その声は、震えていた。


 歓喜で。


「もっとだ」


 求めている。


 限界を。


 その先を。


 灰崎は静かに息を吐いた。


 武器はない。


 だが、問題ない。


 ここから先は――


 魂で戦う領域だ。

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