【嫉妬の章】踏み出す一歩
何度目かも分からない踏み込みだった。
呼吸は荒い。
腕は重い。
魔力も、無尽蔵ではない。
それでも――
「……これで、決める」
サミエムは低く呟いた。
剣を握る手に、わずかに力が入る。
ヘリオは何も言わない。
ただ、構えている。
逃げない。
受ける構え。
それが何よりの圧だった。
灰崎は、少し離れた位置から見ている。
色が揺れている。
だが、さっきまでとは違う。
迷いが減っている。
代わりに残っているのは――覚悟だ。
「……一つにする」
サミエムは小さく息を吐いた。
意識を切り替える。
風。
炎。
雷。
別々に扱わない。
まとめる。
現象として。
“爆ぜる刃”として。
魔力が流れる。
今までとは違う。
無理に押し込まない。
自然に絡める。
流れを揃える。
ズレを許さない。
「――いける」
踏み込む。
同時に、発動。
風が流れる。
炎が乗る。
雷が走る。
だが――
ぶつからない。
弾けない。
まとまる。
刃の内側に、収束する。
不安定ではある。
だが崩れない。
「……っ!」
そのまま振り抜く。
斬撃が走る。
瞬間。
爆発が“前方だけ”に叩きつけられる。
地面が抉れる。
土が弾ける。
衝撃が一点から広がる。
今までと違う。
制御されている。
明確に。
静寂。
サミエムは、その場に立っていた。
剣を握ったまま。
呼吸が荒い。
だが――
「……できた、よな」
ヘリオは、少しだけ間を置いた。
そして。
「合格だ」
短く言った。
それだけだった。
だが、その一言は重い。
サミエムは一瞬、呆けたような顔をした後――
「……っしゃあ!」
小さく拳を握る。
大声は出さない。
この街では、それすら意識している。
だが、確実に達成感はあった。
「ただし」
ヘリオが続ける。
「安定はしていない」
「分かってるっての」
即答。
それでも、さっきまでとは違う。
“できない”ではない。
“できるが、続かない”に変わっている。
それは大きい。
「実戦で使うなら、一撃だ」
ヘリオが言う。
「狙って当てろ」
「外したら終わり、ってか」
「そうだ」
単純。
だからこそ重い。
サミエムは剣を肩に担ぐ。
「上等だ」
その目に迷いはない。
灰崎はそれを見ていた。
色が変わっている。
確信。
手に入れた力への実感。
だが――
同時に。
また、来る。
あの違和感。
空気が、わずかに“触れられる”。
今度は一瞬じゃない。
ほんの少しだけ、長い。
(……確実にいるな)
灰崎の目が細くなる。
見えない。
だが、逃げた。
こちらに気づいたように。
ヘリオも同じ方向を見ていた。
何も言わない。
だが、確信している。
「……場所を変えるか?」
サミエムが言う。
ヘリオは首を横に振った。
「必要ない」
そして、続ける。
「むしろ、ちょうどいい」
「は?」
サミエムが眉をひそめる。
ヘリオは一歩、近づいた。
「次に行く」
短い一言。
サミエムは理解する。
「……実戦か」
「ああ」
ヘリオは頷く。
そして、視線を少し遠くに向けた。
「湿地だ」
灰崎が反応する。
あの大湿原。
来る途中に見た、あの嫌な場所。
湿気。
重さ。
まとわりつく空気。
「あそこに一体いる」
ヘリオが言う。
「この辺りの魔獣を束ねている個体だ」
サミエムが笑う。
「ボスってわけか」
「そうだ」
短い肯定。
そして。
「種族はワーウルフ」
「へえ……面白そうじゃねえか」
サミエムの目が少し鋭くなる。
戦う目だ。
ヘリオは続ける。
「名は――ガルド・ヴェルガ」
重い響き。
ただの魔獣ではない。
“将軍”と呼ばれる理由がある。
「湿地の支配者だ」
灰崎は静かに息を吐いた。
空気が変わる。
訓練ではない。
実戦。
そして――
ここで得るものが、次に繋がる。
「倒すのか」
灰崎が言う。
ヘリオは迷わず答えた。
「戦力になる」
それだけで十分だった。
魂縛。
魔獣を従える。
この先の戦いに必要な駒。
「なるほどな」
サミエムが笑う。
「ちょうどいい試し切りだ」
「油断するな」
「しねえよ」
だが、その声には余裕がある。
さっき掴んだ力。
それを試せる場。
それが、今目の前にある。
灰崎は最後にもう一度、空を見た。
青い。
変わらない。
だが――
さっきまで感じていた“何か”は、もうない。
完全に消えている。
逃げたのか。
それとも。
(……見られてるな)
確信に変わる。
この街は。
この領地は。
思っている以上に、深い。
「行くぞ」
ヘリオが歩き出す。
二人も続く。
向かう先は――湿地。
重く、まとわりつく空気の中。
次の戦いが、待っていた。




