【嫉妬の章】未完成の完成形
風が、止まっているように感じた。
実際には吹いている。
だが、サミエムの意識はそこにない。
全てが剣に集中していた。
手の中の感触。
流れる魔力。
さっき掴みかけた“あの形”。
再現できなければ意味がない。
「――もう一度だ」
ヘリオの声が落ちる。
間を与えない。
休息も、余韻も。
全てを切り捨てる。
「……はいはい、分かってるよ」
軽く返す。
だが、その呼吸は浅い。
体はすでに消耗している。
それでも止まらない。
止まれば、戻る。
“できた気”に。
サミエムは踏み込んだ。
魔力を流す。
剣へ。
体へ。
空間へ。
「風……炎……」
ここまでは問題ない。
安定している。
だが――
「雷……!」
三つ目を重ねた瞬間。
わずかな遅れ。
ほんの一拍。
それだけで均衡が崩れる。
風が走る。
炎が追う。
雷が遅れてぶつかる。
内側で衝突。
「っ……!」
弾ける寸前で、押さえ込む。
強引に止める。
成立しない。
だが暴発もしない。
「遅い」
その一言と同時に。
ヘリオが消えた。
踏み込みが見えない。
気づいた時には目の前にいる。
短剣が振り下ろされる。
「――チッ!」
サミエムは反射で受ける。
金属がぶつかる。
衝撃。
腕が痺れる。
重い。
ただの斬撃じゃない。
魔力が乗っている。
だが――
違和感。
重いのに、ブレない。
流れが綺麗すぎる。
「見ろ」
ヘリオが言う。
次の瞬間。
短剣が光る。
淡い青。
同時に、刃の周囲に熱が走る。
そして、空気が歪む。
三つ。
同時に乗っている。
風。
氷。
熱。
矛盾する属性。
それが、完全に干渉せず共存している。
「――は?」
サミエムの思考が一瞬止まる。
その隙。
蹴りが入る。
腹。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされる。
地面を滑る。
息が詰まる。
「止まるな」
ヘリオの声。
冷静。
揺れがない。
「戦闘中に考えるな」
「体でやれ」
サミエムは歯を食いしばる。
立ち上がる。
呼吸が乱れる。
だが、目は死んでいない。
「……あんた、今……」
「見たままだ」
ヘリオは構えたまま言う。
短剣は静かだ。
だが、その内側にあるものは別だ。
完全に制御された複合。
ぶつからない。
暴れない。
ただ、そこにある。
完成された形。
サミエムの喉が鳴る。
「……クソが」
理解する。
自分がやろうとしていることの“完成形”が、目の前にある。
しかも、軽々と。
「差がありすぎんだろ」
「当たり前だ」
ヘリオは一歩踏み出す。
「積んでるものが違う」
距離が詰まる。
また来る。
速い。
読めない。
だが――
「――っ!」
サミエムは踏み込んだ。
逃げない。
迎え撃つ。
魔力を流す。
今度は止めない。
動きながら。
重ねる。
「風――炎――雷!」
同時に。
無理やりまとめる。
ぶつかる。
だが、押し込む。
崩れかける均衡を、力で繋ぐ。
振るう。
ぶつかる。
――爆ぜる。
だが。
さっきよりも“前”に出ている。
制御は甘い。
だが、方向は定まっている。
ヘリオがわずかに後ろへ引く。
完全には受けない。
流す。
それでも。
「今のだ」
短く言う。
サミエムは息を荒げる。
「……安定しねえ」
「するわけがない」
即答。
「今は“形”を体に覚えさせろ」
「理屈で固めるな」
「感覚で掴め」
サミエムは笑う。
苦い笑い。
「それが一番難しいんだよ」
だが、否定はしない。
再び構える。
何度でもやる。
失敗しても。
崩れても。
その先にしか答えがない。
灰崎はその光景を見ていた。
色が変わっていく。
サミエムの中の焦りが、少しずつ削れていく。
代わりに残るのは――執着。
やり切る意思。
ヘリオの色は変わらない。
静かだ。
だが、その奥にあるのは確信。
この程度では終わらないと分かっている色。
そして。
その時だった。
また、来た。
違和感。
視線ではない。
だが、確実に“触れられている”感覚。
空気が、ほんの一瞬だけ歪む。
灰崎は空を見た。
青い。
変わらない。
だが。
(……いる)
今度は、はっきりと感じた。
見えない何かが、この場を“なぞった”。
一瞬だけ。
すぐに消える。
痕跡はない。
だが確実に。
ヘリオがその一瞬を捉えていた。
動きが、わずかに止まる。
ほんの刹那。
だが、止まった。
そしてすぐに戻る。
「……続けるぞ」
何も言わない。
だが、その声は少しだけ低かった。
サミエムは気づいていない。
ただ前を見ている。
灰崎だけが、その変化を感じていた。
この訓練ですら。
完全に隠れられてはいない。
この街は。
想像以上に、深い。
それでも。
サミエムは剣を握る。
何度でも繰り返す。
未完成のままでは終われない。
この先にある戦いのために。
その力が、必要だからだ。




